夏目漱石『それから』あらすじ|夏目漱石のおすすめ小説|前期三部作

未来への予感

代助はまた実家から呼び出されました。

今度は父から呼び出されたのです。

父が話すのは縁談の話でした。

父としてはあの娘の家は地主で、実業家としてはああいう親戚がひとりは欲しいというのです。

代助は断ります。

父は「じゃあなんでもお前の勝手にするがいいさ、そのかわりもうお前の世話はせんから」と不機嫌です。。

代助はもうじき実家からの仕送りがなくなることを覚悟します。

何か仕事をもたなければ、とは思うのですが、何をするのか思いつかないのでした。

もし三千代と一緒になれても、経済的な問題を考えると気分が沈みます。

代助は三千代を訪ねます。

代助の愛の告白を受けてからの三千代は微笑みと輝きに満ちていました。

代助は代助の状況をしらない三千代に申し訳ないと思います。

代助はたびたび三千代を訪ねますが、いつも三千代は幸せそうでした。

その時の三千代のいきいきとした美しさは、代助の愛の告白を受ける前の陰気臭い三千代とは別人のようでした。

「その後貴方と平岡との関係は別に変りはありませんか」

三千代はこの問を受けた時でも、依然として幸福であった。

「あったって、構わないわ」

「貴方はそれ程僕を信用しているんですか」

「信用していなくっちゃ、こうしていられないじゃありませんか」

代助はこれから三千代に自分が物質的に困るであろうことを話します。

三千代はそんなこと覚悟はできていると言います。

三千代はもう何が起こっても構わないという口ぶりでした。

三千代によれば自分はもうそんなに長く生きられる体ではないのだから、何が起こってもかまわない、と言います。

代助はすこしぞっとして、彼女がヒステリーの発作に襲われたのではないかと疑います。

代助は平岡に三千代のことを話す決意をします。

平岡に会いたいという手紙を出しますがなかなか返事がきません。

そんなことをしながら、これからもう仕送りがもらえなくなるのを考えて、蔵書を売るために古本屋と連絡をとったり、仕事について考えたりします。

返事がなかなかこないので代助はしびれを切らせます。

書生の門野を平岡の家に使いにやって手紙の返事について聞いてこさせました。

平岡の返事は「明日会いに行く、ほんとうはもっと早く会う日を設定したかったが、家に病人がでたので遅くなった」というもの。

その病人とは三千代のことでした。

その日代助は嫂から手紙を受け取ります。

嫂は代助を心配して小切手を送ってくれていたのでした。

翌日平岡がやってきます。

代助はまず平岡に三千代の病気の様子を聞きました。

平岡によれば、この前三千代が代助のところに来た翌朝、三千代は出勤まえの夫の着替えの世話をしているところ卒倒したのでした。

その後三千代は意識を取り戻します。

しかし顔色がひどく悪く、医者には強い神経衰弱にかかっていると言われます。

平岡が会社を休んで看護をするようになってから、三千代が涙をながして平岡にこう言ったとか……

「あなたにあやまらなければならないことがある。そのことは代助さんのところに行って聞いてください」

君の用事と三千代の云う事と何か関係があるのかい」

そういう平岡に代助はついに三千代のことを打ち明けました。

平岡は「そんなことになるなら、なぜ三年前自分と三千代の仲を取り持ったりしたんだ! こんなことになるぐらいならそんなことしてくれなければよかったじゃないか」と代助につめよります。

「君は三年前の事を覚えているだろう」と平岡は又句を更かえた。

「三年前は君が三千代さんと結婚した時だ」

「そうだ。その時の記憶が君の頭の中に残っているか」

代助の頭は急に三年前に飛び返った。

当時の記憶が、闇を回めぐる松明たいまつの如ごとく輝いた。

「三千代を僕に周旋しようと云い出したものは君だ」

「貰いたいと云う意志を僕に打ち明けたものは君だ」

「それは僕だって忘れやしない。今に至るまで君の厚意を感謝している」

平岡はこう云って、しばらく冥想していた。

「二人で、夜上野を抜けて谷中やなかへ下りる時だった。雨上りで谷中の下は道が悪かった。博物館の前から話しつづけて、あの橋の所まで来た時、君は僕の為に泣いてくれた」

代助は黙然としていた。

「僕はその時程朋友を難有ありがたいと思った事はない。嬉しくってその晩は少しも寐られなかった。月のある晩だったので、月の消えるまで起きていた」

「僕もあの時は愉快だった」と代助が夢の様に云った。

それを平岡は打ち切る勢で遮さえぎった。

「君は何だって、あの時僕の為に泣いてくれたのだ。なんだって、僕の為に三千代を周旋しようと盟ちかったのだ。

今日の様な事を引き起す位なら、何故あの時、ふんと云ったなり放って置いてくれなかったのだ。

僕は君からこれ程深刻な復讎かたきを取られる程、君に向って悪い事をした覚がないじゃないか」

代助はその時は自分はまだ若くて友のために自分を犠牲にすることに酔っていたと答えました。

平岡は代助に三千代をやる、と認めます。

しかし三千代は今病気だからすぐにやることはできない、と言います。

また平岡はこんなことになった以上、俺とおまえは絶交だ、と言います。

すなわち代助は三千代の病気が治り、平岡が三千代を代助に引き渡すときがくるまで三千代に会えなくなりました。

それを聞いた代助は興奮気味にこう言います。

「あっ。解った。三千代さんの死骸だけを僕に見せる積りなんだ。それは苛ひどい。それは残酷だ」

代助は洋卓の縁を回って、平岡に近づいた。

右の手で平岡の脊広の肩を抑えて、前後に揺りながら、「苛い、苛い」と云った。

平岡はそんなつもりはない、落ち着け、と代助をなだめます。

もちろん怒ってはいるでしょうが平岡の方が代助より冷静なのでした。

代助は平岡から三千代をもらう約束をしました。

しかしそれは三千代の病気が治ってからのことです。

またこれより、代助と平岡は絶交状態になり、平岡が代助に三千代を引き渡すその時になるまで、三千代に会うこともできないのでした。

代助はこっそり平岡と三千代の家を訪ねます。

家から誰から出てきたら三千代の病状を尋ねようと思いましたが、誰も出てこないのでした。

代助は三千代が命の危機に瀕しているのではないかという妄想にとりつかれます。

そんな不安な状態にいるとき、代助の兄の誠吾が訪ねてきました。

兄は平岡が代助の父に送った手紙を代助に見せます。

そこには代助と三千代の関係について書かれていました。

兄はかんかんです。

「まあ、どう云う了見で、そんな馬鹿な事をしたのだ」(中略)

「どんな女だって、貰もらおうと思えば、いくらでも貰えるじゃないか」(中略)

「御前だって満更道楽をした事のない人間でもあるまい。こんな不始末を仕出かす位なら、今まで折角金を使った甲斐かいがないじゃないか」
(中略)
「姉さんは泣いているぜ」
(中略)
「御父さんは怒っている」

今日はおれは御父さんの使に来たのだ。

御前はこの間から家へ寄り付かない様になっている。

平生なら御父さんが呼び付けて聞き糺ただす所だけれども、今日は顔を見るのが厭だから、此方こっちから行って実否を確めて来いと云う訳で来たのだ。

それで――もし本人に弁解があるなら弁解を聞くし。

又弁解も何もない、平岡の云う所が一々根拠のある事実なら、――御父さんはこう云われるのだ。

――もう生涯代助には逢わない。

何処へ行って、何をしようと当人の勝手だ。

その代り、以来子としても取り扱わない。

又親とも思ってくれるな。

――尤もっともの事だ。

そこで今御前の話を聞いてみると、平岡の手紙には嘘うそは一つも書いてないんだから仕方がない。

その上御前は、この事に就て後悔もしなければ、謝罪もしない様に見受けられる。

それじゃ、おれだって、帰って御父さんに取り成し様がない。

御父さんから云われた通りをそのまま御前に伝えて帰るだけの事だ。

「貴様は馬鹿だ」と兄が大きな声を出した。

代助は俯向うつむいたまま顔を上げなかった。

「愚図だ」と兄が又云った。

「不断は人並以上に減らず口を敲く癖に、いざと云う場合には、まるで唖の様に黙っている。そうして、陰で親の名誉に関かかわる様な悪戯いたずらをしている。今日こんにちまで何の為に教育を受けたのだ」

代助は自分のしたことがまちがっているとは全く思っていません。

そしてそのことを理解してくれるのはこの世に三千代ただ一人でもよいと思っているのです。

代助はおそらく結婚しても自分に何もメリットのないような病弱な女性との愛に生きるために、今時分の持っているものをすべて捨ててもよいと思っているのです。

しかしそんな代助の純愛は父、兄、には理解の範疇外でした。

父や兄からみれば、代助の行為は「悪戯いたずら」の一言でかたづけられてしまうのです。

「おれも、もうお前には会わないから」と兄は言い捨てて家を出ていきます。

兄の去った後、代助はしばらく呆然としたあと急に立ち上がって書生にこうつぶやきます。

門野さん。僕は一寸職業を探して来る

代助はそのまま炎天下の真夏の町に飛び出したのでした。

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