ネタバレ
登場人物紹介とその経歴
山形県の片田舎に育った主人公の画学生は、西洋の美術に憧れ、美術学校で西洋画を学ぶために上京しました。
初めて東京へ出てきたとき、他に頼るあてもなかったので、父の紹介状を手に遠い遠い親戚の塚越という老人を訪ねます。
塚越は六十歳ぐらい。
今ではまだまだお年寄りという年齢ではありませんが、この小説が書かれた大正時代では六十歳といえばもうおじいさん、おばあさん。
よってこれ以降、彼を塚越老人と呼びます。
塚越老人は江戸時代から質屋をいとなんでいる家の隠居でした。
塚越老人が始めて結婚したのは二十歳の時でした。
その後三度も妻を取り換えて、三十五歳に三度目の妻と離縁してから、ずっと独身で暮らしていました。
大変な道楽者で花柳界の女性との付き合いはずっと絶えませんでした。
しかし芸者買いをするにも非常に移り気。
一人の女を気に入っても一か月もたたないうちに飽きてしまい、別の女に夢中になるという風でした。
そういったわけで、長年女性との付き合いは沢山あったにもかかわらず、決まった恋人、というのがいないままで六十代に入ったのです。
ところが六十歳の時、富美子というまだ十六歳の柳橋の芸者を好きになります。
塚越老人の富美子への熱の入れかたは普通ではありませんでした。
まだ半玉だった彼女が一人前になるための費用をすべて面倒をみてやったそうです。
しかしそれだけでは物足りなくなって塚越老人は彼女を身請けして妾にしたのでした。
塚越老人は富美子に夢中ですが、富美子の方では決して塚越老人を好いていたわけではありません。
何しろ四十歳以上の年の差があるわけです。
恐らく富美子は塚越老人の財産目当てなのでしょう。
画学生は上京した時に塚越老人を訪ねた後も、年にに三度は塚越老人を訪ねましたが、数年の間は表面的な交際でした。
塚越老人は交際が義理一遍の付き合い以上に密接になったのは、塚越老人がなくなる一年、半年まえぐらいからになります。
塚越老人は明治維新前の江戸の下町に生まれ、江戸時代の古い習慣や伝統を尊び、気障なところがあり、通人ぶったりする下町趣味の老人。
一方画学生は山形県の片田舎の出で西洋の文学や美術に憧れ、将来は洋画家になりたいと考えている若者。
二人の趣味や興味の対象は全く一致しません。
しかしそれでも親しくなったのは、老人が家族に嫌われている、という孤独な境遇が原因でした。
妾の富美子をのぞいては塚越老人と親しいのは画学生ただ一人だったのです。
孤独な塚越はしょっちゅう訪ねて親しくしてくれる画学生が嬉しかったのでしょう。
塚越老人は六十三歳で亡くなりました。
亡くなった時は鎌倉の別荘に住んでいて、店は養子の角次郎に譲っていました。
東京の家族と仲が悪い塚越老人の臨終のときにかけつけたのは一人娘初子のみでした。
そういったわけで、隠居の病気の様子や亡くなる前後のことなどをよく知って居るのは、小間使いと妾の富美子、画学生のみでした。