満月の白い光が水面を照らしている。
私は葦の繁る河原をずっと進んでいた。
何故こんな所を通るかというと姿が外から見えにくいし、
川沿いに行けば夜でも道がわかりやすいからだった。
並みの男よりも頭一つ背の高い私の頭が隠れるほどの原野の中を進む。
両手がふさがれているので、
草を掻き分けるのは両の体の脇や頭や頬だった。
歩みを進めるたびに葉がかすれる音が立つ。
ただ、
風も吹いていたので、
さほど目立たないだろうと安心していた。
着物は夜露でぐっしょりとしめり、
腕やももやふくらはぎに張りついていた。
もうどれぐらいこの重たいものを両手に抱えて歩いたのだろうか? 当時まだ三十にもならない若く壮健だった私もさすがに疲れて立ち止まった。
息が少し楽になったところで私は腕の中のコウス様に声をかけた。
「コウス様……びっくりしました。
あんな芸達者でいらしたなんて」
「ええ? ああ……でもああいう女って親父の周りにいっぱいいるじゃないか? ちょっと真似してみただけだよ」
「でも、
あんなにうまく女の子を演じられるぐらいなのに、
どうして日頃、
父上様の前でもっとそれなりの態度をとれないのですか? 女の子の真似よりもはるかに簡単なことと思いますが」
「なんだよ……あれだけ頑張ったのに文句を言われないといけないのか?」
「そうですね、
今日はやめておきましょう。
今日は本当にお疲れ様でした」
疲れたよ、
本当に……とコウス様はぼそっとつぶやかれた後、
本当にでくの棒のようになってしまわれた。
これがあのコウス様かと疑いたくなるような呆けた顔をしていらっしゃる。
目には力は無く、
口は半開きだった。
ただそのせいでかえって可愛らしく本当に乙女のようだった。