夏目漱石『行人』感想 あらすじ 登場人物紹介

『行人』は「友達」 「兄」 「帰ってから」 「塵労」の四篇からなります。

一篇ごとに違うテーマがあり、とても重厚な作品です。

登場人物も際立って魅力的です。

一度読むだけではもったいない、何度も読みたくなります。

一篇ずつ紹介していきましょう。

「友達」

(あらすじ)

東京の裕福な家庭に生まれた二郎は、無職の男性で気ままに暮らしています。(無職なのではなく、学校を卒業後で就職活動を始める前だったのかもしれません。この時代は卒業してすぐに就職しない学生も多かったようです。)

彼は夏の暑い盛りに大阪に旅行に行き、かつて二郎の家で書生をしていた親戚の岡田を訪ねます。

それには二つの目的がありました。

二郎の家で、長年奉公をしている女中のお貞の縁談の相手に会うためと、大阪で三沢と落ち合い高野山に登るためでした。

お貞は家族当然の使用人で縁談は二郎の両親が世話をしています。

縁談相手は岡田の会社の同僚です。

縁談の方は二郎が相手の男に会い、とんとん拍子に進みます。

しかし三沢からはなかなか連絡が来ず、二郎は待ちくたびれています。

さんざん待って、連絡があったと思ったら、なんとそれは病院からでした。

三沢は大阪についたとたん、病気になり、入院してしまったのでした。

二郎は三沢が入院前に泊まっていた宿に泊まり、三沢の見舞いにいくという毎日を過ごすようになります。

二郎の目を通して病院内の様子や患者達が細かく描写されています。

その中でも特に字数を割かれているのは、芸者だったという若い女性です。

二郎と三沢は、ともに、もと芸者の美しい患者、「あの女」を気にしています。

二郎も相当「あの女」を気にしているのですが、三沢はそれ以上です。

三沢は「あの女」と入院前に出会ったことがあるそうです。

三沢は大阪で汽車を降りた後、汽車の中で仲良くなった男達と、飲みに行ったそうですが、その時に芸者として宴席に出てきたのが「あの女」だったというのです。

その時、具合を悪そうにしていて、「近頃、氷しか食べていない」という「あの女」に「そんな不調は酒で吹き飛ばしてしまえ!」 と三沢は酒をすすめたそうです。

三沢はその後病気になり、入院先で同じく入院している「あの女」に再会したわけです。

三沢は自分に気がついていない様子の「あの女」を見て自責の念に責められているようでした。

自分が酒を勧めたことも「あの女」を病気にした原因の一つだと考えているのでした。

命には別状はなさそうな三沢に比べ「あの女」の病気は重く、彼女には死が迫っているようです。。

看護婦から聞いた話によると、一切食べ物を受け付けず、滋養浣腸も効果がなかったそうです。

病気が治った、三沢は退院前に「あの女」の病室を訪ねます。

その時三沢は二郎に金を借りて「あの女」に金を渡します。

退院後三沢は二郎にそこまで「あの女」を気にする理由を話します。

三沢には今は故人となった忘れられない女性がいました。

数年前三沢はあるきっかけで、不幸な経歴を持つ、大きな美しい目を持つ若い女性と同居することになりました。

(二人きりではありません。親戚の家に住まわせてもらっていた所に彼女もいた。ということです)

彼女は精神を病気に冒されていたのですが、彼女が三沢が出掛けるときにしきりに「早く帰ってきてちょうだいね」「早く帰ってきてちょうだいね」と繰り返したそうなのです。

その女性はまもなく入院してしまいました。

「あの女」はその女性に似ているのでした。

(感想)

この章からは強く「死」を感じます。

死に行く若い芸者「あの女」の病気の進行具合がこと細かに書かれています。

また彼女ではないのですが、彼女と同じ年頃の女性が、危篤状態で入院費がもう払えず、夜中に、親に故郷連れて帰られるという場面もあり、この場面もとても印象的です。

陰鬱な死に近い世界「病院」(現代も病院は死が身近な場所であることは変わりませんが、ちょっとした病気で簡単に人が死んだ時代ですからそれ以上でしょう)を元芸者の若い女性、美人の看護婦といった人物を登場させることによって、陰鬱ななかにも華やかさがあり、読みやすくなっています。

強く「死」を感じるということでは「こころ」の「両親と私」に近いものを感じます。

作者の亡くなる二年前に書かれたものと考えると感慨深いものがあるかもしれません。(もっとも夏目漱石は晩年の10年の間に一気に沢山の小説を書いたのであまりそういうことを考えすぎないほうがよいのかもしれません)

後の篇とはテーマがはっきりと違うので、独立した感じのある一篇です。

「兄」

(あらすじ)

三沢と別れた後、二郎は東京からやってきた母、兄、兄嫁と落ち合います。

母に臨時収入があったので、女中の未来の夫に会うのも兼ねて、以前から訪れたいとおもっていた大阪に遊びに来たというのです。

ここでちょっと登場人物紹介をしましょう。

一郎  二郎の兄。長男。学者。頑固で偏屈。まじめすぎるぐらいまじめ。

直   二郎の妻。口数の少ない、淡々とした感じの女性。

母   あまり特徴はない。母親ながら、一郎には気を使っている。言いたいことをそのまま言わず、機嫌をそこねないようにしている。

二郎は母、兄、兄嫁とぶらぶらと観光をしています。

その中で問題としてあがるのが兄と兄嫁の関係です。

母親は一郎と直が上手くいっていないようだと、二郎に漏らします。

一郎も自分と直の関係について悩んでいるようです。

特に直が自分ではなく弟の二郎に惚れているのでは? と疑っているようです。

一郎は二郎に直を試すために、二郎と直の二人きりで外泊してほしいと頼みます。

二郎はいったんはとんでもないと断りますが、兄嫁の気持ちを聞いてみることだけは約束します。

兄嫁とじっくり話すために二郎は兄嫁を連れて二人で和歌山にでかけるのですが、料理屋にいる間に激しい雨が降り出し、その晩は母と兄のいる宿には帰らずに二人で同じ部屋に泊まります。

二人の間には何も起こらずに朝を迎えるのですが、その晩二郎は兄嫁の意外な面を知り驚くのでした。

まもなく二郎は母、兄、兄嫁とともに東京に帰ります。

一郎には「東京に帰ったら話します」と言って、その晩の結果は話さずじまいでした。

(感想)

一郎と直という個性的な夫婦が登場します。

この二人の登場人物は漱石の作品の中でも特に印象が強いのではないでしょうか?

また長男、長男の妻、次男の間で三角関係が繰り広げられているという大胆な設定です。

同時に今日兄嫁と一緒に出て、めったにないこんな冒険をともにした嬉しさがどこあらか湧いて出た。その嬉しさが出たとき、自分は風も雨も海嘯(つなみ)も母も兄もことごとく忘れた。

この冒険というのは暴風雨の中、兄嫁と二人きりで一つの部屋に泊まったときの二郎の独白ですが、こんな言葉から彼から直への感情が「恋」であることがわかってしまいます。

また二郎は兄嫁との外泊によって兄に対して兄嫁を「奪った」ような感覚、だから自分は兄に対して「勝った」ような感覚さえ持っています。

自分は今日までただ兄の正面ばかり見て、遠慮したり気兼ねしたり、時によっては恐れ入ったりしていた。しかし昨日一日一晩嫂と暮らした経験は図らずもこの苦々しい兄を裏から甘く見る結果になって眼前に現れてきた。

さらりとかなりインモラルなことが書かれています。

また二郎はわざわざ母親に昨晩は嫂とは何もなかった、どうか信じて下さい、と言っているのですがそれはつまり疑われるのが当たり前と考えているということです。

母、兄、二郎の間で二郎と直の関係が恋愛であることが暗黙の了解になっているのです。

しかし直はあまりそういうことに自覚がないようです。

(彼女の二郎に対する態度もかなり変なのですが)

「帰ってから」

(あらすじ)

二郎、母、兄、兄嫁は東京の我が家に戻ってきます。

家に帰ってからは登場人物が増えますのでまた紹介をします。

二郎の父 呑気で社交家でいわゆる普通の人です。役人だったのですが退職しています。謡や朝顔の栽培等の趣味があります。

お重 一郎、二郎の妹です。学校はもう卒業して、嫁入り先を探している最中です。十人並み以上の美少女です。二郎とはあまり仲良くなくしょっちゅう言い争いをしています。クールな兄嫁とも性格が合いません。一方一郎のことはかなり好きなようです。ヒステリックだけれど愛嬌がありどこか憎めません。

お貞 女中さん。純朴な女性で自分の結婚が決まったことを喜んだり恥ずかしがったりしています。結婚相手についてはすべて人におまかせで特に自分の意見もないようです。まわりの小賢しい人々と対照的です。

芳江 一郎と直の娘、まだ小さい。サザエさんのタラちゃんみたいな感じです。

三沢も再登場します。例の忘れられない女性のことをうざいぐらいに繰り返しています。

登場人物が増えたことで人間ドラマが複雑になります。

家族間には二つの問題がありました。

それは一郎と直の仲があまりよくないこと、直と二郎の仲が良すぎること、直とお重の仲がよくないことでした。

特に母親と二郎がそれを気にしていて、二郎とお重が早晩家を出なければと考えているのでした。

二人とも年頃なので「家を出る」ということはほぼ結婚を意味しますが、二人ともなかなかすぐに結婚とはいかなそうです。

東京に戻ってから、いつの間にか就職したらしい二郎は家を出て、下宿することにします。

(感想)

暗い雲が立ち込めたような家族の様子を描いています。

家庭の雰囲気の悪さとしての一番の原因は、直とお重が折り合いがよくないことなどもありますが、一番の原因は気難しく閉じこもりがちな一郎です。

大阪に帰る前までは一郎はまるで一番の悩みは、「妻が弟を愛しているのではないか」というある意味通俗的なものでしたが、「帰ってから」では、その他の面でも苦悩が多いことが書かれています。

まじめな性格の一郎には、世の中をうまく渡っていくことは、不誠実で醜くみえるのでした。

一郎のすべてに対して真っ直ぐで誠実な態度に感銘を受けます。

それが世渡り上手な普通の人の父親や二郎と比較されることによって際立っています。

一郎と言う人物をかなり掘り下げています。

一郎は『こころ』の先生やK、『道草』の健三に似ているかもしれませんが、そのひととなりに一番焦点を当てられれているのは一郎でしょう。

私は実は『こころ』の先生やK、『道草』の健三は「つまらない人間」という気がしてしまいます。

一方、一郎は身近にいたら面倒かもしれませんが、とても魅力を感じました。

女心をくすぐる偏屈男なのです。

お重が一郎が大好きなのもわかります。

私は一郎は『こころ』の先生の改良版にも見えるんです。(「こころ」の方が後に書かれたものですが)

「塵労」

(あらすじ)

二郎は三沢から一郎が講義中につじつまの合わないことを言ったと聞きます。

心配になった一郎の友達のHさんに兄を旅行に連れ出してもらうように頼みます。

そして同時に旅行中の兄の様子を記録して手紙にして送ってくれとお願いしたのでした。

一郎とHさんが旅行に出掛けて十日ほどたってHさんから長い長い手紙が届きます。

最終話の「塵労」の途中から長い長い手紙が始まり、書簡体のまま終わる所など『こころ』に似ています。

(感想)

「帰ってから」まで一郎を苦しめていた、二郎と直の関係は「塵労」ではすっかり影を薄めています。

「帰ってから」の 第二十七章で「パオロとフランチェスカ」という中世イタリアの恋物語(フランチェスカはパオロの嫂です)を二郎に持ち出したあたりでふっきれたのかもしれません。

人一倍明晰な頭脳をもつ学者である、一郎たるもの例えそれが自分の妻であれ、女ごときにぐずぐず悩んでいるのはふさわしくないのかもしれません。

それに妻と弟の恋愛に悩む、というのは通俗的な人物にできるようなことで、特に一郎の個性を際立てるようなものでもありません。

「塵労」では一郎の悩みは、もっと哲学的、宗教的なものとなります。

終わりに

長い小説ですので、読後は最後の「塵労」の印象がどうしても強くなると思います。

そのため『行人』は一郎の苦悩が前面に語られることが多く、世間でもそのイメージで通っているような気がします。

死ぬか、狂うか、それでなければ宗教に入るか。僕の前途にはこの三つのものしかない

みたいなですね。

しかし、その他にも死の匂いの濃厚な「友達」、嫂との禁断の恋をさらりと描いた「兄」、一郎という偏屈だけど真摯で誠実な人間を印象深く書いた「帰ってから」などいろいろな面をもった小説です。

テーマがぎっしりつまった、読みごたえのある小説です。

画像はわっきーさんによるイラストACからのイラストです。