谷崎潤一郎『細雪』あらすじ

雪子の縁談5 御牧 華族の庶子 建築家志望のフリーター?

それから数日後、幸子と雪子は元町の街頭で偶然,いままで何度か縁談を紹介してくれた美容師の井谷に遭って思いがけないニュースを聞きました。

井谷がアメリカに行くことになったのです。

近々井谷は美容院を人に譲り、自分は最新式の美容術を研究するために渡米するそうです。

期間は大体半年か1年ですが、帰国後も神戸には戻らず、東京に進出するつもりとのこと。

井谷は姉妹たちに自分が横浜から発つ前に東京にいらっしゃいませんか?と誘います。

井谷は姉妹たちに紹介したい人がいるといいます。

それは雪子の花婿候補でした。

相手は御牧(みまき)という公家華族の庶子で、45歳です。

学習院を出て東大の理科に入学した後、中途退学してフランスへ行き、パリでしばらく絵を学んだり、フランス料理の研究をしたけれどもどれも長く続かないで、今度はアメリカへわたり、あまり有名でない州立の大学に入って航空学を修め、そこを卒業した。

しかし卒業後も日本へは帰らず、アメリカのあちこちを流浪して、メキシコや南米にも行ったりした。その間には国元からの送金が絶え、生活に困ってホテルのコックやボーイをやったこともある。そのほかにもまた油絵に戻ったり、建築の設計に手を出してみたり、生来の器用と移り気に任せて実にさまざまのことをやったが、専門の航空学の方は、学校を出てから全然放棄してしまった。

そして今から八九年前に帰朝してからも、これといった定職はなくぶらぶら遊んでいたのであるが、数年前から折々道楽半分に、友人が家を建てる時にその設計をしてやっていたところ、それが案外評判がよく、追い追いその方面の才能を認める人が出てくるようになった。

それで当人も気をよくして、最近では西銀座の或るビルの一画に事務所を設け、本職の建築屋さんになりかけていたのであったが、何分御牧氏の設計は西洋近代趣味の横溢したものであるだけに、贅沢で金のかかるものなので、事変の影響下にだんだん注文が少くなり、仕事が全く閑散になってしまったために、僅か二年足らずでせっかくの事務所を閉鎖するの已むなきに至り、現在ではまた遊んでいるというのが事実である。

という何とも頼りない経歴の人なのです。

若い頃父親から財産を分けてもらったのですが、浪費するだけで殖やすことを知らない人で、大部分使い果してしまったそうです。

ただ交際上手な話の面白い、趣味の広い人で、自ら芸術家をもって任じている天性の呑気屋さんで、本人はそんなことを一向に悩んでいない。

本人があまりにも呑気なので周りの人がお嫁さんを持たせてなんとか身を固めさせようと思ったとか……

経済的にははなはだ頼りない男ですが、彼は「女性日本」という雑誌社の社長,国島夫妻に大変可愛がられています。

もし御牧が結婚する気になったら、国島社長から御牧の父である子爵にたのんで夫婦が生活していけるように金を出してもらうといいます。

また国島社長によれば御牧は気の利いた洒落た住宅を設計させると実に優れた天分を発揮する人で、時世が変われば、将来住宅建築家として立派に立って行けるはずだといいます。

また初婚で、年齢も比較的若く、家柄は申し分ない。

趣味豊かでフランスやアメリカの言語風俗に通じている。

あたり柔らかい愛想の良い人であるなどの長所があります。

幸子、妙子、雪子が揃って東京に行きます。

井谷の娘光代の出迎えで三姉妹は東京駅からホテルに向かいホテルでくつろいでいると井谷がやってきます。

井谷によると御牧は雪子の写真を見てたいそう気にいったそうです。

また妙子の男遍歴や、蒔岡本家と雪子と妙子の折り合いが良くないこと等聞いても御牧はまったく気にしないとのこと。

また雪子の顔のシミのこともまったく気にならないらしい。

井谷は今晩光代が御牧をホテルにつれてくるので、その時に会いませんか? と誘います。

夜の8時ごろに井谷から電話がきて、御牧が来たといいます。

幸子たちが井谷の部屋に行くと、アメリカ行きの準備のために雑然とした井谷の部屋に御牧もいました。

御牧は井谷や光子と親しげに話しています。

ウィスキーを飲みながら御牧、井谷、光子、三姉妹は懇談します。

御牧は人当たりの良い話し上手な人でした。

自分は全くの東京人であるが最近は祖先の土地である京都(御牧は公家家族)にノスタルジアを感じていること、将来は京阪地方に職を求めて、その地域の古い日本建築を研究したいと考えていることなどを話します。

御牧はゆくゆくは関西で暮らすことを考えているのでした。

御牧は夜が更けるまでしゃべりつづけ11時ごろにやっと帰ったのでした。

翌日は井谷の送別会でした。

そこでも三姉妹は御牧と会ったのですが、そのとき雪子はいつもの彼女にしては珍しく楽しそうにして、割合によくしゃべり笑いもしました。

御牧はその場で僕は京都か大阪に家をもちますと繰り返します。

また御牧は妙子にも積極的に話しかけます。

他の縁談相手がそのために雪子との縁談をことわってしまう妙子を彼は問題だとは思っていないのです。

翌日はまた午後から歌舞伎座で御牧と会うことになっています。

午前中は雪子と幸子は義兄が出かけたのを見計らって鶴子を訪ねます。

妙子は自分は勘当されたことになっているから行きたくないと言い張ります。

仕方なく雪子と二人で鶴子を訪ねる幸子と雪子。

鶴子に幸子は今回の見合いやこれから歌舞伎座にいくことを話します。

鶴子は三姉妹がこれから歌舞伎座に行くことを聞くとはらはらと涙を流します。

自分だけののけものにされたことがつらいようです。

歌舞伎観賞を通して三姉妹と御牧の関係は深まります。

来月中に、御牧が芦屋の家に行き、今度は貞之助に会うという話になりました。

縁談が上手くいきそうな中、幸子がホテルに戻ります。

妙子がちょっと普通ではないぐらいくたびれきった様子です。

幸子がもしかしてどこか悪い所があるのでは? 一度お医者さんに診てもらったら? と聞くと妙子の答えは
「見て貰わんかて分かってるねん」
「うち、多分三四箇月らしいねん」

なんと妙子は妊娠しているのでした。

しかも相手は奥畑ではなく、三好といういつか聞いたことがあるバーテンでした。

妙子は産む気らしい。

他の男の子供でも産まないと奥畑があきらめないからだといいます。

芦屋に戻った後幸子はこのことを貞之助に相談します。

そして妙子を有馬温泉の旅館に偽名を使って臨月まで住まわせて、そこでかあるいは神戸の病院に入院してお産をさせようという話になりました。

妙子の世話は女中のお春がします。

貞之助は妙子と三好にこの話をします。

二人とも同意します。

貞之助が会ったところ、三好は案外感じのよい青年でした。

貞之助には板倉より真面目で誠実な若者に見えました。

妊娠の理由も三好からけしかけたのではなく、むしろ妙子のほうが誘ったようです。

三好は妙子に誘われてこうなったとはいえ、自分も責任を感じている、こうなったからには妙子を幸せにする、そのために貯金をしている、妙子と結婚したら独立して、あまり品の悪くない西洋人向けのバーを経営したいと思っていると言います。

将来は自分はバー経営、妙子は洋裁師になって夫婦共稼ぎをしようと思っているそうです。

奥畑には貞之助から手切れ金2千円を払って解決となりました。

そのあいだにも雪子と御牧の縁談は進んでいます。

御牧が芦屋の蒔岡家にやってきて貞之助に会います。

御牧が定職をもっていないこと、光代によると兄と仲良くないこと、酒癖が悪いこと、また飽きっぽいことや浪費家ぎみであること、また貞之助はああいう人当たりの良い交際上手の人は華族のお坊ちゃんに多いけど、そういう人は奥さんには冷たかったりする……など少し心配ぎみです。

しかし社会的地位が高い人物である国島氏が御牧を非常にかっている。

それに光代によれば、御牧はアメリカ仕込みのレディーファーストで女性には絶対手をあげないそうです。

ということであまり贅沢をいっていてもしょうがない。

それに幸子が非常にこの縁談を気にいっているのでした。

御牧の父である、子爵にも会い、雪子もついに同意しました。

蒔岡本家の同意も得て結婚式の日取りまで決まりました。

挙式は東京になりましたが、新居は甲子園に決まります。

御牧は国島社長の斡旋でこれから尼崎市の郊外に工場ができる「東亜飛行機製作所」に就職することになりました。

新婚旅行から帰り次第、直ちにサラリーマン生活に入るわけですがその余暇には関西地方の古建築を研究して、いつか建築家になるのに備えるのだといいます。

雪子が結婚へと向かっていくなか、妙子のお腹は大きくなります。

妙子のお腹の子は逆子になり、お産は心配な状態でした。

医者はお産は必ず無事にさせてあげますから……と保証するのですが……

しかし4月上旬という予定日が過ぎてもまだ生まれる気配がありません。

毎年恒例の花見を妙子なしで済ませたあと、飼い猫のお産があり、幸子と雪子の手伝いでそれが無事に済み、寝床に入ろうとしたところでした。

電話があり、それは妙子の世話をしている、お春からでした。

もう済んだん? とたずねると「いいえまだです。お産がえらい重いらしいて、二十時間も前から苦しがっていらっしゃいます」とお春は言います。

急いで病院を訪ねると妙子はもう自分はだめだろう……と涙を流します。

ドイツ製の高性能の陣痛促進剤があればなんとかなるかもしれないのですが、
戦争のため不足していて、簡単に手に入るものではありません。

幸子の泣き落としで、ついに院長が最後の1つだというドイツ製の陣痛促進剤を出してくれました。

その薬を注射して5分後に陣痛が起こります。

子供が生まれました。

しかし生まれた赤ん坊を30分ぐらいの間、繰り返し繰り返し根気よく平手でぴたぴた叩いても、赤ん坊はついに泣き声をたてないのでした。

妙子はその1週間後に退院して、三好と家を借りて夫婦として暮らしを始めます。

数日後の晩に貞之助たちや雪子に挨拶かたがた、荷物を採りにやってきます。

人目を避けてこっそりと夜にやってきたのでした。

以前彼女の部屋だった芦屋の家の2階の6畳間には雪子の嫁入り道具が煌びやかに飾られていました。

そんな中、当座の荷物を一人でこそこそ取りまとめ風呂敷包みにくくって帰っていきます。

婚礼を控えて雪子は気持ちが晴れません。

結婚式の衣装を見てもこれが婚礼の衣装でなかったらどんなに嬉しいのに……とつぶやきます。

そして昔、幸子が貞之助に嫁ぐ時も、ちっとも楽しそうな様子ではなかったと思い返します。

雪子は東京に発つ数日前からお腹の調子が悪く、それは列車に乗っても続きます。