狼ごっこ
さて泥棒ごっこが終わるとまた別のごっこ遊びになります。
それはまた信一の提案で
あたしが狼になるから、二人旅人にならないか。
そうしてしまいに二人共狼に喰い殺されるんだよ
栄ちゃんは薄気味悪くなりますが仙吉が「やりましょう」と即答したので、しかたなく従うことにしました。
信一は本当に狼になったつもりで大真面目に狼を演じます。
栄ちゃんは狼になりきった信一の気迫に気おされます。
信一に
「おい仙吉、お前はもう足を喰われたから歩いちゃいけないよ」
さあもう二人共死骸になったんだからどんな事をされても動いちゃいけないよ。
此れから骨までしゃぶってやるぞ
に言われると栄ちゃんと仙吉はそれに従います。
信一は
此奴の方が太って居て旨そうだから、此奴から先へ喰ってやろう
とまず仙吉を食べるまねをします。
信一が草履を履いたまま仙吉の体に乗っかるので、仙吉の体は泥だらけ。
それでも仙吉は信一にされるがままです。
こんどは栄ちゃんの番になりました。
自分の番が来るのを待っている間は怖がっていた栄ちゃんでしたが、信一に食べられているうちにそれが楽しくなってしまいます。
信一は私の胸の上へ跨がって、先ず鼻の頭から喰い始めた。
私の耳には甲斐絹の羽織の裏のさや/\とこすれて鳴るのが聞え、私の鼻は着物から放つ樟脳しょうのうの香を嗅ぎ、私の頬は羽二重の裂地きれじにふうわりと撫でられ、胸と腹とは信一の生暖かい体の重味を感じている。
潤おいのある唇や滑かな舌の端が、ぺろ/\と擽ぐるように舐めて行く奇怪な感覚は恐ろしいと云う念を打ち消して魅するように私の心を征服して行き、果ては愉快を感ずるようになった。
忽ち私の顔は左の小鬢から右の頬へかけて激しく蹈み躪られ、其の下になった鼻と唇は草履の裏の泥と摩擦したが、私は其れをも愉快に感じて、いつの間にか心も体も全く信一の傀儡となるのを喜ぶようになってしまった。
そんなことをしていると信一の女中さんが現れて「坊ちゃん何をなさっているのですか?」と聞くので三人はびっくりして起き上がります。
そしてその日は家に帰ったのでした。
私は恐ろしい不思議な国から急に人里へ出て来たような気がして、今日の出来事を夢のように回想しながら家へ帰って行ったが、信一の気高く美しい器量や人を人とも思わぬ我が儘な仕打ちは、一日の中にすっかり私の心を奪って了った。
翌朝学校に行ってみれば、昨日信一の家で起こったことがまるで夢のようでした。
相変わらず信一はおとなしいおぼっちゃんですし、仙吉はガキ大将です。