小説『小虎』第16章 茶畑の中の学校(4)

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私は山奥の学校の肌寒い渡り廊下で一人残されて心細くなった。

左の壁の額絵はぼんやり雪のような白い光を放っていた。

ふと灯りがついた。

暗闇から巨大な白い肉体が浮かびあがった。

ふくよかな若い体だった。

白い髭に長髪のしわだらけの老人が嘆きの表情で
腰を薄い布で覆っただけの少年を抱きかかえている。

少年はろうのような肌を天にさらすかのように横たえていた。

暗い油絵の中の右端から光線が落ちている。

少年の体を照らしていた。

光の中にはふてぶてしいほど豊かな体つきの天使が飛んでいた。

私はまた少年の顔に目を向けた。

女性のように優しい顔をしている。

ふっくらとした頬、
赤い珊瑚色の唇、
長く濃い睫毛。

その下の目は閉じられていた。

見覚えのある顔立ちだった。

小虎に似ているようにも思えたが、
なまめかしすぎる。

私はこれは良子だと思った。

顎から肩のラインは雲のように柔らかだ。

深い鎖骨は良子のそれを思い起こさせた。

癖のある黒髪から肉付きゆたかな足指の先まで、
艶やかで生々しい。

それなのに死んでいるように見える。

画面に広がる全身の何処にも力が入っていなく、
首も、
足と手の指も重力に任せるように、
下に垂れている。

絵の下をみると
「197×年
聖コロンバ学園
白砂町校高等部卒業生
木林寛輔作
イサクの燔祭」
と札がある。

ふと歌声が渡ってきた。

聖歌だった。

オルガンに彩られた清流のようなボーイソプラノだった。

私は東京に住んでいたクリスチャンだった母方の祖母の葬式を思い出した。

私はまた絵の中の少年を眺めた。

白い体は下へ下へと、
地へと向かって、
沈んでいくように見える。

この歌はこの子の葬送歌だと思った。

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