小説『小虎』第16章 茶畑の中の学校(5)

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コノエガスキデスカ?
と声がした。

身を滝で清められるような音色の中、
後ろに暖かな空気がかぶさった。

振り向くと、
黒いワンピース姿の白髪の西洋人がいた。

一瞬絵の中の老人が抜け出てきたかと思ったが、
ずっと優しい顔立ちである。

滑らかな皮膚の持ち主で、
鏡のように綺麗な白髪に髭だった。

流暢だがなまりのある日本語でイチロウサンノムスコサンデスカ?
と聞く、
彼はこの学校ができる前、
私の転校前の学校で宗教の先生をしていたという。

父も教えたことがあるそうで、
父のことをよく覚えているそうだ。

教頭先生は急用ができたので、
代わりに寮長の彼が来たという。
絵について尋ねられた私は

「いけにえにされるイサクですね?」

と答えた。

ヨクシッテイマスネ、
とその年老いた神父さん先生は目を細めた。

私は昔、
クリスチャンだった祖母が子供向けの絵入り聖書を送ってくれて、
旧約聖書の途中まで読んだことを話した。

するとソレハスバラシイ、
ゼヒ、
ソノセイショヲ、
スベテオヨミナサイ、
と勧める。

それから
「197×年 聖コロンバ学園
白砂町校高等部卒業生 木林寛輔作
イサクの燔祭」
と書かれた絵の下の札を指差して、
この絵は画家になった、
白砂町校の卒業生が寄贈したものだと教えてくれた。

「パリニリュウガクシテ、
ビダイノセンセイ二ナラレタノデスガ、
ザンネンナコトニ、
ジュウサンネンマエニ、
ジコデカミサマ二メサレタノデス」

この会話の間中もずっと続いていた天上の歌声がぱたりとやんだ。

がたがたと音がして制服姿の少年達が楽譜片手にぞろぞろ歩いてきた。

私と同じ年頃のまだ声変わりしていない少年達が、
ジョアンのやつ!
まじむかつかね!?
まじ!
死ねってやつじゃね!?
とすっかり狎れあった様子で、
肩を押し合っている。

私は身構えた。

お爺さん神父さんは優しげな顔を、
一瞬にしてかっと赤くして怒りを表した。

「ジョアンセンセイハ
リッパナカタデスヨ!
キミタチ!
ソンナワルイコトバヲ
ツカッテハナリマセン!」

少年達はすみませんすみませんとぺこぺこした後去って言った。

「サイキンノ
ニホンノオトコノコ
ヨクアリマセンネ
キミハチガウトオモイマスガ……」
と髭に覆われた口元を尖らせた。

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