小説『小虎』第3章 竹馬の友(4)

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母娘はいつものように興奮気味にしゃべっている。

武藤さんのお孫さんの小虎君になったんだって、
でもまあよかったじゃない!
良子さんは小虎君こそ、
きっと選ばれると思っていたんじゃないの?
スグルに決まったと聞いて、
がっかりしたにちがいないよ。
そもそも昔は白羽の矢がささるのは士族さんの子に決まっていたし、
良子さんの兄さんの虎之助さんだって九歳の時にやったわけだし、
と口角泡飛ばしている。

私が虎之助さんて誰?
と聞くと、
叔母が小虎君の叔父さん、
偉い人よ!
おまけにハンサムでね!
と目を輝かせた。

それにしてもまったく武藤さんの家はついてないね、
一番優秀な長男の虎之助さんが十九歳で戦死で、
次男以下は皆ろくでもないし、
長女は亭主の会社が倒産で借金抱えて、
次女は病気で、
末っ子の良子さんは美大の先生にお嫁に行って、
小虎君が生まれたと思ったらお婿さんが事故で未亡人だし……
どんどん落ちぶれちゃって、
私が女学生の頃なんか武藤さんといったら皆の憧れだったんだよ、
こんな幸せがたまにはあってもいいんじゃないかい?
夢子さんはがっかりしているけれど、
と祖母が母の名前をだすと、
叔母が夢子さんは、
お稚児さんはただ綺麗で可愛いものだと思っているのよ、
所詮よその人ですものね、
よくわかっていないのね、
と答えた。

それにしても面白いのよ、
山口さんの奥さんから聞いたのだけど、
彼女が良子さんと一緒にいたとき宮司さんが来て、
スグルに決まった話をしたんですって、
そうしたらあのいつもお澄まししている、
良子さんが傍目にわかるほどがっくりと頭を垂れて、
ぼそぼそとこう言ったっていうじゃないの!
ああ、
あの院長先生のお孫さんの、
色白でお饅頭みたいなまん丸のお顔の、
いつもほっぺにおはぎのおかあばりをつけた坊や、
よく知っています、
いつも家の前をばあやさんと一緒に通りますから……って、
とここまで言った後、
叔母は私のぺちゃ鼻をボタンのようにぎゅうと押した。

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