小説『小虎』第28章 エピローグ(3)

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子供の頃はよく母につれられて買い物に行った大通りを通る。

賑やかだった商店は、
私の帰省のたびに次々と閉店していった。

残っていたわずかな店も大型スーパーの建設に絶望して、
去年から今年にかけて、
ことごとく店を畳んだらしい。

閉められたシャッターには
色あせた古めかしい兎のキャラクターが描かれている。

鉄筋コンクリート製の
はげ具合の著しい赤いペンキの橋を通る。

石段を降りていく。

小虎は相変わらず歩くのが早い、
ついていくのが大変で、
私と小虎の間はどんどん距離が広まった。

石段の中ほどで小虎がぴたりと止まりこちらを振り向いた。

手を降っている。
google mapによると石段を降りて
県道沿いに少し歩いた所に居酒屋があるらしい。

そこで小虎と飲むことにしようと思った。

私が彼にたどり着くと
小虎が手を差し出してきた。

最初はいい年して、
手なんかつないで、
人に見られたら恥ずかしいよ、
と笑ったが、
こんどは自分で自分を笑った。

あたり一体誰もいない、
一体誰が見てからかうというのだろう?
凍えるような空気の中、
彼の手だけ陽だまりの中のようだった。

彼が唇を動かす。

「……ている?」

「え?」

「覚えている?
昔スグル君の背中にあの矢がささっていたんだよ」

竹の葉がかすれる音がする。

呼吸をするたびに白い息が立ち上る。

「スグル君、
痛そうに泣いていた。

だから僕はすごく頑張って抜いてあげたよ。

あんまり大変だったから、
僕は空に吹き飛ばされたんだ。

落っこちた時、
僕のおなかにささっちゃった。

痛かった。

でも嬉しかった。

弟を守ることができたから。

スグル君が僕の弟になってくれて嬉しかったから」

「忘れるわけないじゃないか。

あの時は本当にありがとう」

オレンジ色の唇の端がきゅっと上がった。

霜柱が溶けていくような
きれいな笑顔だった。

それなのに
胸に大量の塩水を飲み込んだような感じが広がった。

こめかみのあたりがつらいような気がする。

めまいがする。

寒さで体が冷え切っているからだろうか?

小虎が歩き出す。

竹の葉が風に吹かれて音をたてている。

小虎に手を引かれ石段を降りていく。

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