小説『小虎』第2章 母の涙

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母が泣いている。

手で目をこすっている。

目じりが赤く色づいていた。

私は母を慰めたくて、
もみじ饅頭のような手のひらで母の頬をなでた。

もう悪い子ちゃんね……
そう言われて、
私は大変うろたえていた。

まだ就職したばかりで同居していた二郎叔父さんが、
お義姉さん嘆くことなんかないんですよ、
白砂神社のお稚児さんなんて本当は喜んでなるようなものじゃありません、
と母の肩をたたいている。

ひとしきり泣いた後、
さあ、お出かけしましょうねと立ち上がった。

母は、
白地にほんのりと染められた薔薇色の花模様の着物に着替えた。

風呂敷包みを片手に私の手を引く。

大人の腰の高さほどに大きく段差になった玄関を降りる。

手を引っ張られるままに、
足を大またで動かす。

小さな足は、
内側がボアになったノルディック柄のブーツに包まれていた。

大通りまでの道はまだ拡張工事がされておらず、
軽自動車ぐらいしか通れないほど狭かった。

連れて行かれた先は仕立て屋さんの隣の写真館だ。

その頃はまだ老夫婦が、
細々と営業を続けていた。

ガラス戸から入り、
畳張りの店に通される。

大きな鏡の前で、
きらびやかな硬い着物を着せられる。

顔を白塗りにされ、
紅をさされる。

妹とお人形遊びがお気に入りだった私も自分が人形になるのはさすがに嫌いで、
すぐにぐずりだした。

写真館の小太りのお婆さんが飛行機の模型、
木彫りのツキノワグマ、
熊のぬいぐるみなどありとあらゆる子供が好きそうなものをとりだしてくる。

私が気にいったのはプラスティックの汽車の模型だった。

それを見て笑顔になった。

渡してもらうと手の上で車輪を転がしたり、
窓の中に描かれた男の子と女の子を見つけて母に、
これ僕とさとみちゃんだね、
と指差した。

脇についたレバーを動かして、
戸を開けたり閉めたりしているうちに、
支度が出来上がった。

いよいよ撮影となった時もお婆さんが一苦心した。

飛行機の模型を私に目線をやってほしい所でぶーんと唸りながら動かす。
私が気をとられているうちにシャッターが光った。

写真館を出たときに風が吹き潮の香りがぷんとにおった。

母が肩に掛けていたカシミヤの桃色のショールがずり落ちて、
私の右手を撫でた。

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