小説『小虎』第24章 薄情者(1)

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大学時代は月に二回は教会に通った。

下宿から二十分山手線に乗り、
駅から十五分歩いた所の、
戦前からある古い煉瓦づくりの建物だった。

そこで隔週の土曜日の朝十時から
教会で聖書を英語で読む講座をやっていた。

毎年それに出席していたのである。

講座が終わると他の人たちは交流会に昼時の町に繰り出すのだが、
私は遠慮した。

講座の後はいつも人気のない礼拝堂に座り一人祈りを捧げていた。

「神さま、
神さま、
僕の進路はこれからどうしたらよいでしょうか?
就職ですか?
大学院ですか?
それとも公認会計士か税理士?
やっぱり留学がいいでしょうか?
この前のTOFFLEでは○○点だったんですけれど……」

ジャンヌダルクやナイチンゲールのように神の啓示が受けられればいいのに、
そうすれば迷い無くその道に突き進めるのに、
と本気で思っていた。

ほどなく、
天窓からさっと光が入った。

磔にされたイエス像が照らされた。

私はそのとき自分の進むべき道はどれであるか確信した。

私は神さまが私の祈りを聞きいれ、
啓示を与えてくださったのだ、
と喜んだ。

しばらくはその進路に向けて邁進した。

しかし神の啓示を受けた二週間後の、
聖書講座の日にはもう迷いが生じていた。

どうやらしっくりこない、
あれは偽の啓示だったのではないか?
という思いで一杯になる。

そして講座が終わるとまた礼拝堂の固い椅子に座る。

イエス像に向かい、
手を合わせる。

そして二週間前とはまた違う啓示を受け、
意気揚々と下宿に戻るのだった。

迷い多き青春だった。

自分のことで精一杯だった。

人のことなんか気にする暇はなかった。

ただ一人気になる人はいた。

ケンイチである。

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