小説『小虎』第24章 薄情者(2)

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彼は私より一年早く卒業し東京の大学に進学した。

しょっちゅう大学のドメインのメールアドレスから
私にメールをくれた。

私は学校の寄宿舎の一番端にある
パソコンセンターで彼のメールを受け取るのを心待ちにしていた。

私は受験で家に戻る前にケンイチに最後のメールを送った。

大学に入学してメールアドレスを取得したら、
またメールを送るから、
と書いた。

それから大学に入学して、
メールアドレスを取得したので、
早速彼にメールを送った。

近況を書いた後、
最近携帯電話というものを契約した、
ケンイチも持っているなら番号を教えて欲しいとも書いた。

次の日、
朝、
大学のパソコンセンターが開くやいなや、
メールを確認した。

ケンイチから返事はきていなかった。

パソコンセンターに行くたびにメールボックスを開けたが
返事はとうとうこなかった。

彼の下宿の住所を知っていたが、
手紙を出したり、
わざわざ尋ねていくことはなかった。

大学三年生の新学期の飲み会が、
たまたま彼が卒業したときに教えてくれた下宿の住所の近くだった。

それで飲み会が始まる前に、
ついでに行ってみた。

アパートの表札には別人の名前が書かれていた。

遅すぎたんだと思う。

隔週で通う教会の入り口には梅の木が植えられていて、
春の初めには白い花を咲かせた。

私はある年の春、
二つ並んだ梅の花にふと見惚れた。

二輪の花はくっつきそうな間隔で、
かすかに間を空けて花開いていた。

さっと突風が吹いた。

私は一瞬、
瞳を閉じた後こすりながら開いた。

二輪の花はあとかたなく散っていた。

私はその花を私とケンイチになぞらえ、
切なくなった。

五年間寝食をともにしたケンイチ、
いつも振り向けば、
彼の顔が見えるのがあたりまえだった。

それが今では彼の行方も知らない。

そういえば彼を連れて学校から、
実家までの長い長い旅をしたのは丁度、
五年前の今時分だった。

だけど私はけっしてケンイチを熱烈に懐かしんだわけではなかった。

たまにふとした瞬間思い出すだけだった。

半年に一回、
あるいは一年に一回だった。

私は他に解決しなければいけない自分の問題が山積みだった。

ケンイチに対してさえこうなのである。

それよりさらに向こうにいる古い友のことなど思い起こすことはなかった。

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