小説『小虎』第1章 粉雪舞う日(3)

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玄関には引き戸を背に幼馴染の小虎が満面の笑みで立っている。

あいかわらず二十歳そこそこの少年のようだ。

出会った時は私の方が年下だったのに、
いつのまにか彼は年を取るのをやめたらしい。

端正な顔立ちにすらりとした体つきを見て、
彼のことを道端で見かけて思いを寄せる娘もいるかもしれないと思った。

私はブーツを履き、
傘を二つ取ると、
幼馴染の背中に手をやった。

そのまま引き戸を滑らせ、
玄関の外に彼をぽんと押し出す。

雪の舞う中、
傘をさそうとすると小虎は白い息を吐きながら言った。

「この前、夜お便所に行ったときに、
神様がおっしゃったんだ。

今にこの国にはうす靄が降りて、
それをおおいつくす。

空にはおたまじゃくしが飛んで、
兎が革鞄をくわえて神社の石段を降りて行く。

お賽銭を投げたら、
神様が大笑いをされたんだ。最近神様嘘つかないよ」

青みがかるほど白い白目の中の瞳孔がガラス玉のように輝いていた。

妻は小虎の言葉は意味不明だという。

だけと私はだいたい言わんとしていることはわかるのである。

私はそうだね、
と小虎に開いたビニール傘を差し出した。

小虎は青いとっくりセーターの上にトナカイが編みこまれたカウチンジャケットを羽織っていた。

いいセーターだねと褒めると、
うん信者さんからもらった、
カナダの学校から帰ってきたお孫さんのお土産だって、
と白い歯をちらりとさせた。

膝から下はがっしりとした深緑色のゴムの長靴を履いている。

少し前に雑誌で見たことのあるブランド物に似ていた。

私はかつてのぼろぼろだった小虎を思い起こし、
ああよかった、
と嘆息した。

視界の端に季節はずれの鯉のぼりのようなひらひらしたものが映った。

立派な門構えの家の屋根つきの門に白羽の矢が縦にくくりつけられている。

矢の長い刃の脇には上から下まで、
みっしりと装飾されていた。

とんぼ玉を通した銀線、
金銀の紐、
色とりどりの刺繍がされた白い布が、
刃の脇から長々と垂れ下がっていた。

刺繍のほどこされた白い絹が雪混じりの風にあおられて吹流しのように翻っている。

門灯の光をうけて銀線と、
とんぼ玉がちらちらと輝いている。

矢から流れ落ち宙に舞う白い布の合間に若い女の泣き顔が浮かびあった。

色白の丸顔で、
ぽってりとした眉を切なげにしかめている。

まだ二十代の母だった。

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