小説『小虎』第10章 小虎と猫(4)

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ぴんぽんぱんぽんという電子音が聞こえた。
「僕達、私達が帰る時刻になりました。
暗くならないうちにお家に帰りましょう。
大人の皆さん、
まだ遊んでいる子供がいたら、
お家に帰るように声をかけましょう!」

町の子供に家に帰るよう呼びかける放送だった。

「ことらあ!
すぐるくうん!」

歌うような女性の声が響く。

シンセイサイザーの音色が夕空を渡る。

喜多郎の『シルクロードのテーマ』だ。

この頃、
夕方の放送の後は必ずこの音楽が流れていたのだ。

「ことらあ!
すぐるうくうん!」

良子の声はゆったりとした音楽の効果音となっていた。

夕日を背景に無機質な団地の建物が続いている。

空はマーブル模様のようなオレンジ色のグラテーションだ。

コンクリートの床も神社の狛犬や瓦も、
団地の建物もオレンジ色に染まっている。

そんな景色の中、
雄大な音色を聴いていると、
寂寥感と希望とが混じりあったような気持ちになる。

私は首を右上に傾けた。

小虎の横顔には影が落ち半分見えない。

「ことらあ!
すぐるくうん!」

二つの四角い建物の合間から良子が現れた。

両手を花のように開いて口元に当てている。

近づいてくる。

もう帰らなきゃだめよ、
お家で心配しているわ、
と私の肩を押す。

サルビアの花びらのような感触の二の腕が私の肩から背中を包む。

太陽が、
三角が並んだような常緑樹の森に沈みかけていた。

その上を無数の黒いものが飛んでいる。

小虎と良子が住む棟の左脇に大きなイチョウの木があった。

枝には蝙蝠が冬に繁る葉のようにびっしりと並んでいた。

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