小説『小虎』第22章 真冬の夜(8)

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翌朝、
身支度をして襟巻きを手に家を出ようとすると、
母が幼い時のように襟巻きをしめてくれた。

では気をつけて、
くれぐれも風邪をひかないように、
と言われ、
私はうんうんと適当にうなづいた。

このほうが冷えないからと叔父にもらった、
中に獣毛の張られたショートブーツを履く。

門の前にでる。

門の前にいたのは酒屋の美登利だった。

長く伸びた髪を三つ編みにして、
紺のコートを着て赤いマフラーをしていた。

緑のタータンチェックのプリーツスカートから伸びた足と
ルーズソックスの間の素足が寒々しかった。

怒ったような目つきでこちらを睨んでいる。

おはようの挨拶もせずに美登利はこう聞いた。

「あんた東京に受験しに行くの?」

美登利は私を恐喝するような目で睨んでいる。

「う……うん」

「何処の大学?」

「上智と立教とICUだよ」

私は不思議に思った。

私と美登利は長年まともに口を利いていないのである。

近所だから帰省した時にたまに顔を合わせることはあったが
挨拶ぐらいだった。

それもこちらから社交辞令で美登利ちゃん久しぶり、
元気にしていた?
と聞いても相手には、
ふん!
煩いわね!
とそっぽをむかれるという始末だった。

「何処の学部で学科?」

「法学部××科と外国語学部○○科……
でもなんで急に?」

何でそんなことを急に聞くのかと私がたじたじと尋ねると、
美登利は

「あんたには関係ないでしょ!」
とクルリと向こうを向いて去って行った。

私は家を眺めた、
青々とした生垣の上には雪が積もっていた。

私はなぜか感慨深くなった。

受験が終われば合格にせよ、
不合格にせよ家に戻ってくるはずなのに、
もう永遠に家をでたきり戻らないような気がした。

二郎叔父の車に乗り込む。

駅までの道を走りながら窓の外を眺めていると、
子供の頃からの思い出が走馬灯のようによみがえった。

二郎叔父が言った。

「君は本当にいい子に育ったと思うよ」

昨晩小虎が家に来て、
夕食を食べていったことを二郎叔父は持ち出した。

あのような知恵遅れの幼馴染に親切にしてやる、
私の優しさに感動したとのことだった。

胸がサツマイモのてんぷらを食べ過ぎたときみたいに苦しくなった。

タクシーを降り、
列車が出る。

列車は上り方面へと走り出した。

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