小説『小虎』第5章 祭りの日(5)

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小虎を乗せた馬は坂の曲がり角で、
私の視界から姿を消した。

行列のお尻の五人囃子のような男達が、
篳篥(ひちりき)や鼓や太鼓を奏でる。

人々はもう手を合わせてはいなかった。

先刻のように、
ガヤガヤワイワイと祭りを楽しんでいる。

半分ぐらいの人は手袋を嵌めている。

二郎叔父がスグル君、
疲れた?
と聞く。

私は首を縦に振った。

二郎叔父はジーパンの足を折り曲げて腰を落とす。

足を彼の肩にかけると、
視線が高くなった。

父がスグル!
いいなあ!
叔父さんが肩車してくれるなんて!
と羨ましがった。

足元に黒や白の髪の毛や、
色とりどりの毛糸の帽子が並んでいる。

私達は浜辺で、
お稚児さんの門出を祝福するために、
稚児行列を追う形で坂道を下った。

坂道の両脇に隙間無く並んだ、
カラフルな屋根の中に、
ひよこという黄色いポップ体が見えた。

私はひよこを欲しがった。

母が、
ママは嫌よ!
きっとすぐ死んじゃって、
スグルちゃん泣くんだから、
と眉をハの字に、
口をヘの字にする。

父がいいじゃないか?
十二年に一度のお祭りなんだから!
鶏になったら皆で鳥鍋しよう!
と笑う。

叔父が、私を肩に乗せたまま、
人ごみを掻き分けて、
ひよこ屋に向かう。

あと少しでたどりつくという時だった。

あたりが尋常でなく、
ざわつきだした。

肩車の上にいた私は、
その場にいたどんな大人よりも、
その光景をよく見ていたのかもしれない。

ガードレールの下、
池を囲うように生えた松並木が黒々と不気味だった。

松並木の合間に、
白い馬がいた。

馬は踊るように暴れ狂っている。

馬が飛び跳ねているのは、
崖の間際だった。

少しでも足を踏み外せば、
下の池に真っ逆さまになるような場所だった。

馬の上には、
古代の貴人の童子のような格好をした小さな人がいた。

小虎と馬の周りには誰もいない。

馬の動きにあわせて、
小虎はまるで紙の人形のように、
びらんびらんと振り回されている。

馬が飛び上がる。

馬が黒い空にほんの一瞬、
月のように浮遊した。

鼓膜を破るほどの水しぶきの音がした。

皆が、
ドミノ倒しのように、
ガードレールの下を見下ろす。

紺碧の水面が
幾万の波紋で埋め尽くされてる。

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