小説『小虎』第13章 弟橘姫入水(3)

≪前へ    ≪目次≫   次へ≫

痩せた体に継ぎ接ぎだらけの貫筒衣を引っ掛けた男が現れた。

髪をぼさぼさにしている。

鳥の巣のような頭に手をつっこみぼりぼり掻いたかと思うと、
今度はむき出しの両腕を互い違いに掻いている。

全身を掻きむしりながら船の上をとぼとぼ歩いた。

男は船の一番端に来ると座り込んだ。

胡坐をかいて両手を合わせた。

両手をしきりに小刻みに倒しながら体を左右に揺らし始める。

ぶつぶつと呪文のようなものを唱えている。

舞台袖からヤマトタケル役の直人さんが現れた。

お付きに傍らで日傘をささせている。

つづいて数人のよく似た格好だが、
直人さんほど立派ではない男達がずらずらと現れた。

最後にさっぱりとした麻布風の貫筒衣の男がダンボールに色紙を貼って作った、
輿のようなものを担いで現れた。

ヤマトタケルは腰に手をあて、
良い天気じゃ!
と満足そうに辺りを見回した。

さようでございますなあ!
とお付きが相槌を打った。

うむ?
あの男は何じゃ?
汚らしい格好で、
何やら必死に祈っているようじゃが、
とヤマトタケルは船尾で懸命に呪文を唱えているみすぼらしい男を指差した。

「持衰《じさい》でございます。航海の安全を祈っているのです」

ヤマトタケルは体を海老のように逸らせた。

大口を開けて、
呵々大笑する。

「なぜそう大笑いをなさるのです?」

一頻り笑い終わるとヤマトタケルは、
おかしなことじゃ、
こんな小さな海を渡るのは水溜りを跨ぐより易しいのに大げさにあんな者を乗せて、
とまた体をのけぞらせて大笑いをした。

≪前へ    ≪目次≫   次へ≫