小説『小虎』第13章 弟橘姫入水(6)

≪前へ    ≪目次≫   次へ≫

いいえ!
おまえが生贄になっても何の役にも立ちません!
と姫はヤマトタケルの腕の中でりんと声を張らせた。

「海が荒れているのは尊《ミコト》がこの海が小さいと馬鹿になさったため、
海の神がお怒りになったのです。

ご機嫌をとるには尊《ミコト》が海に身を投げるしかありません」

あたりが騒然となった、
ヤマトタケルが立ち上がっておお!
ともああ!
とも聞こえる唸り声をあげた。

「しかし尊《ミコト》にはこれから大事なお役目があります。

今お命を失うわけにはいきません。

夫婦は一心同体といいます。

ワタクシが尊《ミコト》の代わりに海に身を沈めれば、波風は静まるかと存じます」

「駄目だ!」

「ほかに手立てがありますか?」

ヤマトタケルと姫はしばらく視線を絡ませ合った後、
ひしと抱き合った。

「さねかしいいい、
さがあむのおのおにい、
もゆうるうひいのおお、
ほなあかあにたちいてえ、
といしきみはもお」

姫が朗々と読み上げた。

「きみいさらあずうう、
そでしがうらにいい、
たつううなみいのおおお、
そのおもかげをお、
みるぞかなしきいいい」

ヤマトタケルが絶唱した。

がさりと音がして舞台の天井から布が落ちてきた。

巨大な短冊のようなもので、
少し崩した字で、

「さねかし
相模の小野に
燃ゆる火の
火中に立ちて
問ひし君はも
弟橘比売《オトタチバナヒメ》」

「君去らず
袖しが浦に
立つ波の
その面影を
見るぞ悲しき
日本武尊《ヤマトタケルノミコト》」

と書かれていた。

≪前へ    ≪目次≫   次へ≫