小説『小虎』第23章 さよなら故郷(9)

≪前へ    ≪目次≫   次へ≫

その頃私の先祖で、
前世の私でもある男がいたそうだ。

名前を田中虎衛門という殿様の側近をしていた侍だったという。

ある年の十二年祭には虎衛門の十歳になる愛息に白羽の矢がたったそうだ。

「虎衛門は可愛い息子さんを失うことが耐えられなかったのです。
島に住む貧しい漁師の子供から息子さんによく似た男の子を無理やりとりあげました。
自分の息子といつわり人身御供にしたわけです」

お稚児さんの儀式は無事に終わった。

しかしその年はまったく魚がとれなかった。

暴雨風が起きたり津波で浜辺の領民の犠牲も著しかった。

海がにわかに荒れて溺れ死ぬ漁師が何人も現れた。

これはおかしい、
海の神様にお供え物をちゃんとしたはずなのに……

皆がおかしいと言い合っていた。

そのうち、
誰がもらしたのか、
この前のお稚児さんは虎衛門の息子ではなく、
島の漁師のせがれであるという噂があたり一体に広がるようになった。

殿様は虎衛門に事の真相を問い詰めた。

虎衛門は土下座しながら真実を告白した。

虎衛門の息子はこの土地をこっそり離れて
遠くの親戚の家に預けられていたという。

殿様は虎衛門とは主従の隔たりはあるものの、
幼馴染で親友同然だった。

そして殿様も二人の息子を持つ親だった。

殿様は虎衛門に同情こそしたが怒りを感じることはなかった。

「しかし人身御供がなければ、
海の神様はお怒りになろう。
これから十二年間次のお稚児さんを捧げるまで
私たちに災厄をもたらすことであろう」

殿様は、
もう一人の親友で幼馴染であった白砂神社の宮司に相談した。

三人の幼友達たちが共謀して、
次の方法がとられることになった。

島の貧民の少年を次々にさらい、
小船に乗せる。

沖まで行くと、
一人船に置き去りにして付き添いは浜に戻った。

虎衛門の息子の代わりに、
大勢の少年の命を捧げれば、
海の神様は満足するという考えだった。

島では人身御供にするための人攫いは約一年毎日のように続いたという。

「ある夜、
百人目の男の子を海に送り出しました。
それ以降、
またお魚もとれるようになり、
暴風雨もぴたりと少なくなり、
津波も減りました」

それから間もなく、
虎衛門の息子は他家に養子に行った。

この時代の侍だから、
戦の一つや二つに加わったが、
天寿をまっとうしたという。

「その時犠牲になった沢山の男の子の恨みがまとまったものが
一人の鬼になりました。
そして虎衛門の生まれ変わりであるスグルさんに取り憑いていたのです」

≪前へ    ≪目次≫   次へ≫