小説『小虎』第27章 積年の思い (7)

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気がつくとベンチの上で寝入っていた。

体には誰かがフリースのケットをかけてくれていた。

反対側のベンチで小虎も寝息を立てている。

フットライトの灯りに照らされた眉から鼻にかけての線を
三十分ぐらい眺めていた気がする。

だんだんそれが小虎のそれなのか良子のそれなのかわからなくなった。

また気が遠くなりかけたところで、
カタリという音がして台所のほうからケンイチらしき人影がやってきた。

奥さん、
離れで寝ているよ、
と暖かい生姜湯を出してくれた。

生姜湯を飲んで体が温まった後、
サッカー地のクッションを枕にまた一眠りした。

ケンイチのボックスカーで送ってもらい、
家に着いたのは朝の十時頃だった。

妻はぷりぷりしている。

昨晩はちっとも楽しくなかったというのだ。

妻は最初ケンイチにも小虎にも好感を持ったという。

小虎がケンイチの
「二十歳ぐらいの弟さん」
に見えたらしい。

小虎のことを
「ハンサムで着物姿がよく似合っている」
「成人式の着物を試しに着てみたのかしら」
と思っていた。

しかし家に向かう道のタクシーで突然叫びだした。

もっともケンイチが小虎が知能に障害を持っていることを妻に説明してから
一旦は納得はした。

しかし家についてからはケンイチまでが神様だの、
お告げだの、
語りだした。

小虎も突然歌いだしたり、
落書きをしだしたりと、
支離破滅である。

そして小虎やケンイチの神様話に私がまともに答えているのに
特にショックを受けたらしい。

なんでこんな人と結婚したんだろうと思ったほどだという。

「夫の友達否定するなんて最低な妻だとは思うけど……」
と前置きした跡、

「くれぐれもお付き合いはほどほどにしてね!」
と私を睨んだ。

私は、
何も心配しなくたってどうしたって、
ほどほどの付き合いになるさ、
東京からここまで遠いし、
それにこれからベトナムに行ったらしばらく日本に帰らないんだし、
と妻を宥めた。

私は来年四月からベトナム赴任が決まっていたのである。

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