小説『小虎』第12章 前夜祭の芝居(5)

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「からかうのよせよ!
可哀相じゃないか!」

後ろから温厚そうな声がした。

古事記の時代のような格好をした男が現れた。

髪をみずらに結い、
脚結びをしている。

ダンボールを黒いラッカーで塗った太刀を佩いている。

なで肩で色が白くひょろっとしていた。

酒屋の美登利と正太の兄の直人さんだった。

一幕目の忠臣蔵で吉良上野介を演じた後、
急いで着替え、
三幕目の主役をやるほど芝居に入れ込んでいた。

私は天女をしばらく眺めていた。

やはり日頃見慣れている顔立ちだった。

濃い眉毛。

書いたような二重瞼の下の団栗眼。

横に広い低い鼻。真ん中だけ紅がさされた大きくて分厚い唇。

わたしは素っ頓狂な声をあげた。

「あれえっ!
美登利ちゃん、
わからなかった!」

直人さんによると今年から女の子も出演できるようになったのだという。

「綺麗だね!」

わたしが思わずそういうと、
美登利は刃物のような目線を私に投げかけた。

そのままそっぽを向くとすたすた障子でしきられた奥に行ってしまった。

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