『クマソタケルの館にて』 第1章【フリー朗読台本:短編小説】

とりあえず腹ごしらえをしましょうよ、
とコウス様を騙して、
ある女の家に無理やりお連れした。
彼女の家で、
握り飯を握ってもらう。

ほおばりながら、
どうやってコウス様を説得しよう? いや、
眠り薬でももって、
眠っていらっしゃる間につれて帰ってしまおうか? と煩悶していた。

ふと、
あたりが若い娘の声で騒がしくなった。

何だね? と尋ると、
女がこう教えてくれた。

クマソタケルの屋敷で、
今夜の戦勝祝いの宴会の為に、
お酌をする若い娘を集めているらしい。

一晩働けば、
褒美にお米一俵をもらえるそうだ。

そこで近所の女の子達が、
皆で連れ立って行こう、
ということになって、
その話でもりあがっているのだという。

それを聞いたコウス様が、
にわかに目が覚めたような顔をなさった。

立ち上がり、
拝み屋の女に向かって、
きっぱりとした声で、
お前、
女物の着物を二揃いと、
化粧道具を貸してくれないか? とおっしゃった。

女装して逃げようとお考えになったのだろうか? ただ、
そんなことは一番コウス様が嫌うことなのに、
急にどういう風のふきまわしだろう? コウス様のお顔を見れば、
さっきとは別人のように晴れやかだった。

どうやら運が向いてきたようだ、
とおおせられる。

何を考えていらっしゃるのかと聞くと、
なんとお酌の娘達に混じり、
クマソタケルの館の宴会に入り込み、
そこでクマソタケルの命を狙おう、
とおっしゃる。

私は最初冗談かと思った。

しかし拝み屋の女もすぐにその作戦に納得して、
さっさとコウス様の着付けとお化粧を始めた。

コウス様は、
あっという間に素敵な美女となられた。

さあ次はあなたの番よ、
と女にせかされる。

下着姿になり、
手をあげ、
着付けと化粧をされる。

コウス様を見ると、
コウス様は私の着付けをじっと観察しつつ、
ケタケタと笑っていらっしゃる。

「さあいっちょあがり。
われながら傑作よ。
見てごらんなさい」

女にそう促されて、
姿を水桶に映してみる。

そこには、
まるで樹齢数千年の巨木や、
注連縄をめぐらせて信仰されている巨石が白粉を塗り、
晴れ着でめかしこんだような、
いかつい醜女が映っていた。

私は、
ぎゃっ! と声をあげてのけぞった。

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