「コウス様!」
私の呼び声に、
はっとした様子で顔をお上げになった。
見開いた両目には、
私が手に持った灯りの、
赤い炎が映っていた。
「ああ、
お前か……」
コウス様の周りに、
何かこんもりとしたものが転がっていた。
灯りを当てると、
それは地面につっぷしたクマソタケルの、
弟の方の背中だった。
「二人とも殺した。
兄の方はあっちに転がっている。
殺す前に名前もらっちゃったよ。
こんな強い女は始めて見た、
何処の女だと聞かれたから、
ヤマトから来たといったら、
これからはヤマトタケルメと名乗れだってさ」
いつもとはうってかわった、
情けないぼそぼそ声でおっしゃるので、
「お手柄です。
でも何故、
座りこんでいらっしゃるのですか? 早く逃げないと」
「俺。
こんなことは何でもないと思っていたんだ。
だけど息絶えた弟が、
俺にのしかかってきた後は、
なぜか膝に力が入らなくて、
腰が抜けてしまって……」
私はこのコウス様にこんなことがあるのだ、
と驚きながらも、
コウス様に肩を差し出した。
コウス様は死に掛けた病人のように頼りなげに私の肩に手を回した。
息も絶え絶えといった表情で立ち上がろうとなさったが、
ろくに膝を伸ばさないうちにしゃがみこんでしまった。
私もコウス様に引きずられて、
右のふくらはぎを床に打ち付けた。
今度はコウス様の背中に回りこみ、
しゃがみこむと、
コウス様を後ろから抱きかかえる。
気合を入れて立ち上がる。
コウス様は私に寄りかかりながらも体を持ち上げた。
なんとか両膝が伸びたかと思ったらコウス様の左足はつるんと床を滑り、
背中が私にもたれかかってきた。
私はコウス様の下敷きになりながら、
床にしりもちをついた。
ここで私はコウス様を立たせることをあきらめた。
おぶって差し上げますから、
おつかまりくださいとコウス様に背を向け、
腰を落とした。
背中に暖かい手の感触がして、
私の首の前でコウス様の手が合わさった。
コウス様は私の背中を両足ではさみ、
寄りかかられた。
しかし、
私が立ち上がろうとすると間もなく、
コウス様の組み合わせた指は解け、
肉の温もりが私の体から離れていった。