速く引き返せ引き返せと暴れるコウス様を説き伏せて一旦拝み屋女の所に戻った。
沸かした湯に布を浸し絞ったもので桜色の張りのあるお肌をぬぐった後、
さっぱりとした亜麻の衣(ころも)に着替えて差し上げた。
髪飾りをはずして、
お下げや髷を崩すと、
黒いものがどさりとお背中に流れる。
ご婦人方がうらやみそうなあふれんばかりの御髪(おぐし)を梳(くしけず)っていると、
目を瞑(つむ)って頭を前に垂れていらっしゃる。
丸い頭とほっそりとした肩を手で支え、
後頭部を丸太の枕に置き、
体を横たえさせる。
上から毛皮をかけて差し上げる。
毛皮から首から上だけだして、
目を瞑(つむ)ったコウス様は姫君のような可憐さだった。
暗闇の中では赤い唇もただ黒っぽくしか見えなかったが、
ぬめりけのあるつやだけはよくわかった。
さっきの妄想のようにコウス様が本当は女で、
これがクマソ討伐ではなくて新婚旅行だったらどんなにいいのに!
その後すぐに昼間から働き通しだった、
くたくたの体を毛皮の下にうずめた。
獣皮の隙間からコウス様の白い顔を眺める。
若く美しい妻と一緒に寝ているような気がして、
ちょっと嬉しい。
晴れやかな心持になって目をつぶった。
しかし、
瞼を閉じるやいなや、
コウス様のいびきが始まった。
音が気になってなかなか寝付けない。
土砂降りの雨と、
いかづちの轟(とどろ)きと、
狼の遠吠えを足して三乗をしたような轟音の中で何十遍も寝返りをしていた。
やっとうつらうつらしたところで、
コウス様が
「おい! 朝だぞ!」
戸の隙間から白い光が一筋差しこんでいる。
鶏が鳴いている。
でも昨日はあんなによく働いて遅く帰ってきたのだ。
「もう少し休みましょうよ」
とまた目を閉じると、
ならいい俺一人で行く、
と毛皮を蹴っ飛ばして疾風の如く戸の隙間から外に消えていかれた。
慌てて起き上がり、
コウス様を追いかける。
疾走していくコウス様の後姿を眼前に
「おーまちくださあああああい!」(お待ち下さい)
「まあたぬうう!」(待たぬ!)
コウス様の垂らしたままの長く豊かな御髪(おぐし)が宙に舞い上がっている。
「貴方を一人で行かせて何かあったらああ!
私が父上様に叱られまああす!」
私の目の前で、
いい加減に着た白い着物がはためいている。
私は風に煽(あお)られる長い髪と白い着物を眺めながら、
まあそのうち追いつくだろうと思った。