もともと私はコウス様の武術指南役として宮中に上がったのだ。
その頃の私は早駆けにおいてもコウス様には決して引けをとらなかった。
コウス様は次第に速度を落としていき、
最後にはよたよたと脚を引きずっていらした。
追いついたときにはコウス様は腰を下げ、
膝に両手を置いて、
肩で息をしておられた。
私は笑って、
「いつも申し上げていることですが、
丈夫(ますらおのこ)たるもの、
もっと計画性を持たないとだめですよ!」
とコウス様のお顔を覗きこんだ。
袴は帯はなさらずに腰の辺りで布の両端をしばっているだけで、
かろうじて腰骨の辺りに引っかかっていた。
これが一番締めやすいとかおっしゃって五年以上前からご愛用の黄茶けたよれよれの下帯が覗いている。
上の着物は、
はおっただけで帯も何もしめていらっしゃらない。
まんなかにすっと線の走った、
お腹や胸の肌が丸見えだった。
「それから、
これもいつも申し上げていることですが、
紳士たるものもっと身だしなみに気をつけないといけませんよ」
コウス様は眉をしかめて、
鳶色の瞳をぎゅっと右上に移動させ、
私を睨んでおられた。
何もおっしゃらない。
ただただ荒い息の音だけが聞こえた。
クマソタケルの館に着いた。
昨日と大いに違うところは、
門番や護衛たちが一人もいない、
大きな風呂敷包を下げた老若男女が門を出入りしている。
中には牛に荷物を背負わせ、
高見台の影から出てくるものもいた。
誰にも咎められずに、
正面から門をくぐると、
背の高い蔵から男達がぽんぽんと下に俵を放り投げている。
それを地面にいる男達がかき集めている。
「どうしよう! どうしよう!」
聞き覚えのある声がして振り向くと、
昨晩私の将来を案じてくれて、
「女らしい杯の持ち方」を教えてくれた親切な女装の芸人がいた。
確か名前はマイヒコとかいったっけ。
今日は白いあっさりとした、
男の格好をしている。
細身で色白、
中性的な顔立ちのマイヒコの隣には、
頭からとんかちでうちつけたような体格の色黒の厳つい顔立ちの男がいた。
その二人の周りには何人か男がいて、
一人だけ二十代半ばぐらいの十人並みにはきれいな女がいた。
皆そろって
「どうしよう! どうしよう!」
としきりに言っている。
色黒のごつい男だけは何も言わずにひたすら舌打ちを続けている。
耳をそばだてていると
「どうしよう! どうしよう!
これから俺達どうやって生きていけばよいのか?
一番のパトロンがいちどきに二人も死んでしまった、
門つけ専門のこじき芸人に戻るのか?
しかし一度贅沢の味を覚えた俺達にそれが耐えられるか!?」