『クマソタケルの館にて』第5章【フリー朗読(声劇)台本として利用可】

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紺碧の空に金の三日月がかかっている。

月を肩越しに天女が舞い踊る。

長い橙色(だいだいいろ)の袖を翻し、
顔には赤化粧を施している。

朱色の鉢巻、
メノウの首飾り、
真紅の帯に、
赤い前掛け、
そして紅色に塗られた剣先のようにとがった爪……
たいまつの光のあたり具合で、
衣装は黄みを帯びた赤や橙色からほぼ黒に近い色にまで、
めまぐるしく色を変えた。

天女の足元に足輪のようにつけられた鈴が彼女が動くたびに音を鳴らしている。

鈴は炎を反射して輝いていた。

天女は肩に赤い薄絹のたすきをはおった。

たすきは肩から垂らすと、
両端が地面に届くほどの長さだった。

それを右の空へと左の空へと躍らせる。

天女は高く跳躍する。

彼女の体は宙を回転する。

たすきと袖が縦横に宙を舞う。

二色の薄布は松明の炎を浴びて、
また違う色となった。

夜空に現れた虹のようだ。

彼女に魅せられて大勢の人が集まってきていた。

人々は鈴の音に合わせて手を叩いている。

子供や若者達は天女の動きを真似して飛んだり跳ねたりする。

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私はあの日大勢のクマソの武人達が会議をしているのを見た後、
マイヒコにあることを頼んだ。

私やコウス様が身につけていたヒスイの宝飾品を手付金として彼に渡して、

私の希望にあわせて芝居を創作するように頼んだのである。

それから十日ほど拝み屋女の家で待機していた。

十日の間コウス様の荒ぶる心を静めるために、
相撲や剣術のお相手をした。

コウス様は最近めっきり腕を上げられて、
指南役の私の方が負けることが多くなった。

コウス様が、
お前相手じゃ弱すぎて張り合いがない、
と物足りなげな顔をなさる。

そんな時は私はコウス様に弓矢の稽古をするようお勧めした。

その時のコウス様の弓はまるで駄目だった。

目の前の的でもはずしてばかりいらっしゃる。

いよいよコウス様のご機嫌が悪くなると、
私は飲み比べを持ちかけた。

拝み屋女に頼んで、
私の杯はただの水になるようにからくりをしてもらった。

そうして酔いつぶしてしまえばさすがにコウス様も大人しくなった。

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ある日の夕方、
ずんぐりむっくりの色黒の男が現れた。

あの日マイヒコの隣でしきりに舌打ちをしていた男だった。

彼はマイヒコの弟だという。

「お前がマイヒコの兄貴に頼んでいた芝居ができあがったぜ。
今から見せてやるからついてこいよ」

とにこりともせずに言う。
その後、
マイヒコの弟についていき、
今、
ある村の広場でマイヒコ演じる、
私の要望に合わせて作られた新作の芝居を見ているのである。

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マイヒコは最初、
貴公子の姿で登場した。

上げみずらに結い、
こざっぱりとした白の上下の衣をまとい、
粘土で作ったような、
じゃらじゃらとした勾玉の首飾りを下げている。

舞台のあちこち歩き回りながら左手を額にあて、
遠くを見るようなそぶりをして、
こう台詞を始めた。

「僕はヤマトの王子コウスだ!
クマソタケルをやっつけにきたぞ!
おお!
あれがクマソタケルの館なのか!
見張りがいっぱいだ!
どうやって入り込もう?
そうだ!」

それからすぐ、
舞台の右袖から、
女中風に扮装した役者が現れた。

手には大きな籠をもっている。

籠から女物の着物や、
化粧道具をとりだして、
マイヒコに着せたり、
化粧を施す。

最後に女中役がマイヒコに鬘をかぶせた。

マイヒコは三十代半ばぐらいの絶世の美女となった。

女中役が前を向いたまま、
後ろ歩きで退場していく。

後ろから二人の髭ずらの役者が現れた。

ひげもじゃ達は床に毛皮を敷き座った。

マイヒコはその二人の役者に近づくと

「ワタクシは鍛冶屋のテツヒコの娘で十七歳になります。
今日はワタクシの舞をごらんにいれましょう」

と、しなしなっとお辞儀をした。

二人の付け髭の男は、

「それは面白い」

と手を叩いて喜ぶ。

マイヒコが得意の踊りを始めた。

観客達は
「待ってました!」

と掛け声を上げ拍手をする。

舞台の左袖ではマイヒコの弟が、
手のひらで太鼓を叩いている。

それにあわせてマイヒコは舞い踊る。

長い袖を上に翻す。
下に翻す。
右に翻す。
左に翻す。
両の袖を絡ませる。
ぱっと袖を急に解く。
袖をゆったりと空から地面へと落す。

巧みな袖さばきにしばらく見とれていた。

ふと下を見ると脚の動きも凝っている。

足首には鈴を巻いていた。

彼の動きに合わせて鈴が鳴る。

鈴の音が太鼓の響きに彩りを添える。

それが舞全体の雰囲気とよく調和していた。

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心弾む打楽器の音や、
腕や足をせわしなく動かす激しい踊りにも、
そろそろ飽きてきた頃だった。

退屈を打ち破るように、
マイヒコの足が地面から大きく離れた。

彼の体は空中で回転する。
着地する。
前のめりになっていた。
鶴のように右足で立っている。

後ろに上げていた左足を折り曲げる。
左足のつま先を右足の膝辺りにつけた。

その格好のまま袖を左右に投げ飛ばす。

かと思ったら、
今度は唐突に全身を右斜め後ろに飛行させる。

高く空に浮く。
空中で左腕を力強く前から後ろに回す。
右腕も大きく前から後ろに動く。
長く幅の広い袖が風をはらんで完全に広がっていた。

暗い空に鮮やかな橙(だいだい)の袖は、
鳥の翼のように見えた。

まるで水鳥が物音に驚いて水の上を右往左往しているようだ。

「すげ……」

コウス様が感嘆の声をもらした。

呆然と見とれていらっしゃる。

人々は狂ったように手を叩き、
マイヒコに賞賛の声を浴びさせた。

私は少し心配になった。

隣の男に声をかけた。

「おい!
知っているか?
今踊っているのは本当は男なんだ」

男は私を馬鹿にしたような顔をして

「そんなこと知っているよ。
マイヒコ師匠はもちろん正真正銘の男だし、
あれで奥方のほかに二人の妾がいるんだ。
それに聞いた所だと……」

男はマイヒコの後ろ側に目配せをして、

「噂じゃ、
あれってマイヒコ師匠の新しいあれだって……」

と左手の小指を立てた。

マイヒコの存在感にかき消されてすっかり忘れていたが、
舞い踊るマイヒコの後ろには、
二人のクマソタケル役の役者が座っている。

まるで舞台装置の一つのようなその二人は、
右手に酒盃をかかげ、
右に左に煙のように揺れている。

ときどき思い出したかのように

「なんと見事な舞じゃ!」

とか

「ははは、
乙女子(おとめご)近こうよれ」

とかいう台詞をくりかえしている。

一人はあきらかに付け髭で、
眉は三日月形で、
鼻は小さく、
髭の下の皮膚は滑らかな光を放っていた。

その役者は女のような高い声を持っていた。

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「違うよ。
私が言っているのは、
演じている役者の話じゃない。

マイヒコのやっている役は実は男で、
ヤマトの王子で、
クマソタケルを暗殺するために女のふりをしているんだ!」

と私が言うと、
男は

「なんだ? その変な裏設定みたいなの!」

と眉根をよせた後、

「俺、
芝居の筋って興味ないんだ。

ただ衣装が綺麗だったり、
ぴょんぴょん飛んだり、
くるくる回ったり、
袖がひらひらするのが面白いのさ」

と笑った。

マイヒコ演じるコウス様が

「では私の剣の舞をお見せしましょう」

と、二本の剣を手に掲げた。

私はいよいよ本題にはいったかと胸を高鳴らせた。

マイヒコは銀に輝く二つの剣を打ち鳴らしながら、
新しい踊りを始めた。

村人の大喝采の中、
得意気に右手を上にあげ、
剣を振りまわしながら、
右に進む。

今度は左手を上にあげ左の剣を振り回しながら左に進む。

マイヒコは歩みを止めた。

すぐ下には、
あの髭ずらの二人がいた。

「なんとうるわしい、
娘ごじゃ!」

と酒盃を手に上げ、
右に左に潮に揺られるわかめのようにたゆたっている。

マイヒコは剣を構え二人を狙う振りをした。

私はああついに! と溜飲を下げた。

私の期待はすぐに裏切られた。

マイヒコは剣を上下に振り回しながら、
地面を浮いて進むかのような独特の歩法で、
クマソタケル役の役者から離れていった。

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