はじめに
フリー朗読台本として利用可能な小説です。
幻想的で文学的な作品。
朗読にぴったりです。
利用の際の注意は下記をご覧ください。
あらすじ
文化人類学者のイチロウはジャングルの中に住むリソ族の村に住みこんで、調査研究をしている。
そこで女装の呪術師で、30歳近いのに十代半ばの美少年に見えるキユという青年に出会う。
キユの家で暮らしているうちに、キユの瓜二つの妹シアラとの間にほのかな恋心も芽生える。
ある日、他の村の調査から帰ってきたイチロウが、久しぶりにリソ族の村に戻ってくると、いつもは一番に出迎えてくれるキユの姿が見えない。
シアラによると、キユは自室に閉じこもっているという。
ここのところキユは一日中、鏡を眺めて過ごし、自分の美しい姿にみとれているというのだ。
キユの部屋を訪ね、イチローが鏡を見ているキユをからかうと、キユは自分は別に自分にみとれているわけではないという。
彼は鏡を使って、女神とつながる術を練習していたのだ。
そんなキユの語る女神とは……?
本文
僕はガーヒョ族の村で、
少年達の通過儀礼に関する調査を一段落させた。
翌朝未明に商人の漕ぐカヌーに乗せてもらい、
レラア河を下り、三ヶ月ぶりにリソ族の村に戻ってきた。
「イチロウ、帰ってきたんだね」
とこげ茶の顔に白い歯を光らせて、
満面の笑みで出迎えてくれる村人達の中から、
キユを探す。
いつもは一番に飛んできてくれる彼がいない。
どうしたというのだろうか?
また儀式中なのだろうか?
そう思っていると、
人々の合間にすらりと、
青空に向かって伸びるフラミンゴの羽が目立った。
揺れる赤い羽を、
下へ下へと辿(たど)っていくと、
コーヒー色をした男女の一番奥に彼の顔が見えた。
今日の彼は何かの儀式の後なのか、
羽飾りがついたヘアバンドの下の髪を、
女の子のように二つのお下げにしている。
耳の下で縛った根元と、
胸までの三つ編みの先っちょにさくらんぼのようなビーズをつけている。
赤い絵の具で猫の髭のようなフェイスペイントをしていた。
生成りの無骨な毛織物のマントから、
か細い脚が露出していた。
その先に、僕が彼の妹のシアラにあげたはずの、
ピンク色のビーチサンダルをつっかけていた。
顔の半分ほどもあるかと思われる、
潤んだ目で僕をじっと見つめている。