【フリー朗読台本】天空の女神|満月の夜、美少年呪術師に至高の女神は降臨する【 短編小説:4,897字】

十日ほど過ぎた満月が、
村で一番高い椰子の木の上に昇った時分である。

キユが部屋から降りる階段に、
はらりと現れた。

月明かりの下の彼は、
今にも溶けてしまいそうに柔らかで優しげだった。

伏せがちな目と、
淡い微笑が、広隆寺の弥勒菩薩像を思わせる。

「今、彼女の所から戻ってきたばかりだ。
彼女はまだ僕のここにいる」
と左胸に両手の平を当てた。

どんなお告げを受けたのだろう?

そう考えているとこう教えてくれた。

「ここから西に歩いて半時間ほど行った村の、子供が酷い熱だ。
ほっとけば死んでしまう。
僕は助ける方法を先程彼女から教わった。
手当は人手がいるからイチローも来てくれ」

キユが指示した治療に使う道具や薬になるものを準備すると、
シアラに出かけるからと断り、
家を出る。

煌々とした光に照らされて、
地面の少し上を浮いているかのように滑らかに進む、
キユの影にカゲロウを追うような心地で従った。

満天の星空に見とれる熱帯地方の少年

「やあ、キユにイチローじゃないか。
散歩かい?」

村の入り口近くで、
眩しい松明が暗さに慣れた目を襲い、
キユの幼馴染のリロイの声が響き渡った。

それと同時に、灯りを下から顔にあて、
鬼のように見える彼が現れた。

何処(どこ)に行くのか? と聞くので、
キユが隣村、と答えると、
リロイは、もしかして女の子の所かい?

そうか、ついにキユにも彼女ができたか、
と欠けの目立つ歯をむき出しにして声をたてずに笑う。

キユの瞳が、暗闇の中の山猫みたいに鋭く光った。

リロイは、でも隣村の女なんてやめておけよ、
この村にも沢山いい娘がいるじゃないか?
と言ってキユの細い二の腕をつかみ、
炎を映した目玉で、キユの顔を見つめる。

「おまえ、今日はいい顔しているな。
あの爺さんの按摩を受けただろう?」

近頃、南の方から来た呪術医の爺さんがいて、
辺り一帯に類のないほどの按摩の名人で評判である。

僕はこの村に戻ってすぐに、
彼の施術を受けてみた。

背中の上で踊ったり、
火のついたお椀の淵を腰にくっつけたり、
呪文を唱えながらしゃもじで全身を叩いたりする。

治療が済むと、体が心地よくて、
子供に戻ったような気分だった。

皆には目が優しくなった、
と言われた。

キユにも勧めたが、
人に背中に乗られたり、
体に火をつけられたりなんかしたくない、
とずっと拒んで、いまだ彼は受けていない。

【終わり】
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