十日ほど過ぎた満月が、
村で一番高い椰子の木の上に昇った時分である。
キユが部屋から降りる階段に、
はらりと現れた。
月明かりの下の彼は、
今にも溶けてしまいそうに柔らかで優しげだった。
伏せがちな目と、
淡い微笑が、広隆寺の弥勒菩薩像を思わせる。
「今、彼女の所から戻ってきたばかりだ。
彼女はまだ僕のここにいる」
と左胸に両手の平を当てた。
どんなお告げを受けたのだろう?
そう考えているとこう教えてくれた。
「ここから西に歩いて半時間ほど行った村の、子供が酷い熱だ。
ほっとけば死んでしまう。
僕は助ける方法を先程彼女から教わった。
手当は人手がいるからイチローも来てくれ」
キユが指示した治療に使う道具や薬になるものを準備すると、
シアラに出かけるからと断り、
家を出る。
煌々とした光に照らされて、
地面の少し上を浮いているかのように滑らかに進む、
キユの影にカゲロウを追うような心地で従った。
「やあ、キユにイチローじゃないか。
散歩かい?」
村の入り口近くで、
眩しい松明が暗さに慣れた目を襲い、
キユの幼馴染のリロイの声が響き渡った。
それと同時に、灯りを下から顔にあて、
鬼のように見える彼が現れた。
何処(どこ)に行くのか? と聞くので、
キユが隣村、と答えると、
リロイは、もしかして女の子の所かい?
そうか、ついにキユにも彼女ができたか、
と欠けの目立つ歯をむき出しにして声をたてずに笑う。
キユの瞳が、暗闇の中の山猫みたいに鋭く光った。
リロイは、でも隣村の女なんてやめておけよ、
この村にも沢山いい娘がいるじゃないか?
と言ってキユの細い二の腕をつかみ、
炎を映した目玉で、キユの顔を見つめる。
「おまえ、今日はいい顔しているな。
あの爺さんの按摩を受けただろう?」
*
近頃、南の方から来た呪術医の爺さんがいて、
辺り一帯に類のないほどの按摩の名人で評判である。
僕はこの村に戻ってすぐに、
彼の施術を受けてみた。
背中の上で踊ったり、
火のついたお椀の淵を腰にくっつけたり、
呪文を唱えながらしゃもじで全身を叩いたりする。
治療が済むと、体が心地よくて、
子供に戻ったような気分だった。
皆には目が優しくなった、
と言われた。
キユにも勧めたが、
人に背中に乗られたり、
体に火をつけられたりなんかしたくない、
とずっと拒んで、いまだ彼は受けていない。
【終わり】
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