画学生塚越老人に脚フェチを布教する
脚フェチな画学生は、かつては自分の女性の足に対するこの狂おしいほどの感情を病的なものだと思っていて恥ずかしく感じていました。
なるべく人に知られないようにつとめていましたが、最近になって開き直りました。
というのは近頃心理学の本で、世の中にはFoot-Fetichist といって自分と同類が無数にいることを知ったのです。
それ以来、きっと身近にも自分以外にも一人ぐらい仲間がいそうだと思って気を付けてみていました。
そして、今、富美子にこんなポーズを取らせようとして、必死な塚越老人こそ足フェチ仲間だと直感します。
もちろん江戸趣味の老人である塚越老人が新しい心理学の本を読むわけがありません。
きっとかつての画学生のように、塚越老人は、自分のこの特殊な性癖を忌まわしく思っているに違いません。
画学生は好奇心と仲間欲しさからか、老人の性癖を解放させるためにこんな風に声をかけます。
失礼ですが、この方の足の形は実に見事なものですなあ。
僕は毎日学校でモデル女を見馴れていますけれど、こんな立派な、こんな綺麗な足はまだ見たことはありません。
ねえ御隠居さん、僕はさっき反対をしましたけれど、御隠居さんがこの方にこういう姿勢を取れと仰っしゃったのは、たしかに一理ある事ですよ。
こういう姿勢を取ると、この方の足の美しさが遺憾なく現われますからね。
御隠居さんも満更絵の事が分らないとはいわれません。」
そういわれると最初は塚越老人はきまり悪そうな顔をしていました。
画学生は臆せず、積極的に、足の曲線が女の肉体美の中でいかに重要な要素であるか、を説きます。
美しい足を崇拝するのは誰にも普通な人情であるかを語ります。
すると塚越老人はだんだん安心してきてついにこんなことを言います。
いや、有り難うがす。
宇之さんがそういってくれると私は真に嬉しい。
なあにね、西洋の事ぁ知らないが、日本の女だって昔はみんな足の綺麗なのを自慢にしたものさ。
だから御覧なさい、旧幕時代の芸者なんて者あ、足を見せたさに寒中だって決して足袋を穿かなかった。
それがいなせでいいといってお客が喜んだもんなんだが、今の芸者は座敷へ出るのに足袋を穿いて来るんだから、全く昔とあべこべさね。
もっともこの頃の女は足が汚いから足袋を脱げったって脱ぐ訳にゃ行きますまいよ。
それで私は、このお富美の足が珍しく綺麗だから、どんな時でも決して足袋を穿かないようにッて、堅くいいつけてあるんだがね。
その心持ちが宇之さんに分ってくれりゃあ私は何もいう事ぁごわせん。
絵の出来栄えが悪くったってそんな事ぁ構やあしない。
だからね、もし面倒だったら余計なところは画かなくってもいいんだから、あの足のところだけ丁寧に写しておくんなさい。
普通の男性なら好きな女性の顔だけ画いてくれ、と言うところを塚越老人は足だけを画いてくれ、と言うのです。
これはもう塚越老人も脚フェチ人間に違いありません。
それから画学生は毎日のように塚越老人のもとに通いました。
学校にいても富美子の足の形が始終脳裏に浮かび、勉強がちっともはかどりません。
塚越老人の家に行っても絵の方は適当にごまかして、富美子の足をうっとりと眺めるほうが主目的です。
そして塚越老人と富美子の足への賛美の言葉を交わしあい時を過ごします。
富美子はさぞや気持ち悪かったでしょうが、利口者の富美子はおとなしく二人の脚フェチ男たちの玩具になってしらばくれているのでした。
ただ素足を見せて拝ましてやりさえすれば、それで相手は気が遠くなる程喜んでいるのですから、心の持ちようによってはこんな易しい役目はないのです。
画学生と塚越老人は過去のお互いの脚フェチ話を暴露しあって(画学生は老人に心を開かせるためにかなり誇張して話しました)すっかり意気投合します。
塚越老人によれば、彼は今迄なんどもこの縁台を座敷に持ち出して、そこに裸脚の富美子を座らせました。
そして塚越老人が犬の真似をして富美子の脚にじゃれついて遊んだのだとか……