栄ちゃんと仙吉光子をいじめる
ひと月ほど毎日のように、そんなふうにして過ごしました。
ある日いつものように信一の家に遊びに行くと信一は歯医者に行って留守でした。
栄ちゃんが仙吉に「光ちゃんは?」と聞くと、光子はピアノの稽古中だそうです。
仙吉につれられてピアノのある西洋館に行きます。
始めて信一の家に遊びに来たときにも聞いたピアノの音色に栄ちゃんはうっとりします。
うっとりと西洋館を眺めながら、栄ちゃんが仙吉に「君は西洋館に行ったことはあるの?」と聞くと、仙吉もないそうです。
西洋館に入れるのは光子と一部の使用人だけのようで、信一ですら西洋館には入ったことがないらしいのです。
ピアノの音色がやみました。
光子のお稽古が終わったのだと思った二人は、西洋館に向かって叫びます。
「光ちゃん、お遊びな」
「お嬢さん、あそびませんか」
しかし返事がありません。
仕方がなく、栄ちゃん、仙吉の二人だけで遊んでいると、光子に出くわしました。
「あっ光ちゃん、さっきは何で返事してくれなかったの?」
と尋ねると、光子は、
「あたし西洋館になんかいなかったわよ。あそこへはあたしだって入れないのよ」
「でもさっき、ピアノを弾いていたじゃないか?」
と聞いても光子は、
「知らないわ、誰か他の人が弾いていたんじゃないの」
仙吉は
お嬢さん、嘘をついたって知ってますよ。
ね、栄ちゃんと私を彼処へ内證で連れて行って下さいな。
又強情を張って嘘をつくんですか、白状しないと斯うしますよ
と、にやにや底気味悪く笑いながら、光子の手首をつかみます。
そして光子の手首をじりじりと捻じ上げにかかるのでした。
光子のか細い青白い肌、仙吉の頑丈な鉄のような指先。
二人の子供の血色の快い対照は、栄ちゃんの心を怪しくときめかせます。
栄ちゃんも光子いじめに加わりました。
「光ちゃん、白状しないと拷問にかけるよ」
と、仙吉と一緒に光子を帯で木の幹に縛り付けました。
その後二人はつねったりくすぐったりと、夢中になって光子を折檻します。
光子の喉を締め付けたり、木から解いて光子を地面に仰向けに寝かせます。
「へえ、此れは人間の縁台でございます!」と二人で光子の上に腰を掛けたりしました。
光子はついにさっきまで彼女が西洋館にいたことを白状しました。
光子は仙吉に「西洋館に連れて行け」とねだられるのが嫌で、自分も西洋館には行ったことがないと嘘をついたといいます。
あゝ、お前が又連れて行けって云うだろうと思って をついたの。
だってお前達をつれて行くと、お母さんに叱られるんだもの
仙吉と栄ちゃんは光子をなおも折檻します。
そしてとうとう光子に二人を西洋館に連れていく約束をさせたのでした。
光子によれば昼間行けば見つかってしまうそうなので、夜に行くことにしました。