わかりやすい古事記のあらすじ|ヤマトタケルの東征

オトタチバナヒメ

はじめに

ヤマトタケルについてはまずはこの記事をお読みください。
わかりやすい古事記のあらすじ|ヤマトタケルの西征

ヤマトタケルの東征

ヤマトタケルが国に戻ると、天皇はヤマトタケルにこうおっしゃいました。

天皇

東方の荒ぶる神と従わない人どもを言い聞かせて従わせろ!

出征にあたって天皇がヤマトタケルに与えたのは、つきそいと、ヒイラギの長い矛だけ。

軍隊は与えてくれなかったのです。

この天皇の命令を受けて出発したヤマトタケルは、伊勢神宮に参拝しました。

ヤマトタケルは、伊勢神宮のおばのヤマトヒメにあうとこう言って泣きました。

ヤマトタケル

父上は私が死ぬことを望んでいらっしゃるのだろうか?

西国の平定からもどってきてから、まだそれほど時間もたっていないのに、私に軍隊もあたえないで、東国の平定をお命じになるとは……

こんなことをおっしゃるのは私が死ぬことを望んでいらっしゃるに違いない!

ヤマトヒメはヤマトタケルに草薙の太刀を与え、また袋を与えて、ヤマトタケルをなぐさめました。

草薙の剣

草薙の剣(くさなぎの剣)

草薙の剣についてはこちらをご覧ください。
スサノオとアマテラス兄弟

ヤマトヒメ

もし危険なときは、この袋の口を解きなさい

ヤマトタケルは尾張の国に行き、尾張の国のみやつこの祖先美夜受比売(ミヤズヒメ)の家に滞在しました。

ヤマトタケルはミヤズヒメと結婚したいと思いましたが、今は、東国に行く途中です。

そこで、東国から戻ってきたときに結婚しようとミヤズヒメと約束して、東に向かいます。

ヤマトタケルは山河の荒ぶる神と天皇にしたがわない人々を説得して、従わせました。

ヤマトタケル、相模の国でピンチとなる

ヤマトタケルが相模の国に行ったときです。

そこの国造(くにのみやつこ)がこういってヤマトタケルを騙そうとしました。

相模の国のみやつこ

この野の中に大きな沼があって、この沼の中に住んでいる神が、いたくちはやぶる神です

ヤマトタケルはその言葉を信じ、そのちはやぶる神さまに会おうと思って、野に入りました。

すると相模の国のみやつこは野に火をはなちます。

騙されたことに気がついたヤマトタケルがヤマトヒメからもらった袋の口を開けると、中に火打ち石がありました。

ヤマトタケルは草薙の太刀で草を刈りはらい、その火打石で火をおこし、向かい火にして、火をしりぞけました。

野原の外にでてくると、国のみやつこどもを斬り滅ぼして、火をつけて焼きました。

そのためこの土地は「焼遣(やきつ)」と言います。

オトタチバナヒメ ヤマトタケルの献身的な奥さん

そこよりさらにいって、走水の海(三浦半島と房総半島の間にあります)を渡ろうとしました。

そこの海の神様が波を起こします。

船がくるくるまわって、なかなか船が進みません。

そこでヤマトタケルの妃の弟橘比売命(オトタチバナヒメノミコト)が

オトタチバナヒメ

私がヤマトタケルさまに代わって海の中に入ります。
ヤマトタケルさまは東征を成功させ、大和に帰るべきです

と言って、海に身を投げることを決意しました。

オトタチバナヒメは畳を波の上に敷いて、その上に座ります。

オトタチバナヒメが波間に消えていった後、荒波が静まって、船も前に進むようになりました。

ヤマトタケルは自分のために犠牲になってくれた、オトタチバナヒメを思って歌を詠みます。

ヤマトタケル

「さねかし 相模(さがむ)の小野に 燃ゆる火の
火中(ほなか)に立ちて 問ひし君はも」
(現代語訳 相模の野で炎が燃える中、君は私の名を呼んでくれた・・・・相模で国造に火を放たれたときのことですね。)

オトタチバナヒメが海の神の犠牲になってから、七日たちました。

海辺にオトタチバナヒメの櫛が落ちているのをヤマトタケルは見つけました。

ヤマトタケルはその櫛を埋めてお墓を作りました

それからヤマトタケルは荒ぶる蝦夷(えみし……東国の異民族)たちを、ことごとく説得して、また山河の荒ぶる神たちも説得して、天皇に従うようにさせました。

東国の平定が終わり、西に帰るときに、ヤマトタケルは足柄山に登ると、

ヤマトタケル

あづまはや(わが妻よ!)
とオトタチバナヒメを思って嘆きの声を出しました。

それ以来、この地方は「あづま」というようになりました。

ヤマトタケルの最期

その後、尾張の国に戻り、ヤマトタケルはミヤズヒメと結婚ました。

しかし、おごりから失敗をして、うっかり命をおとしてしまいます。

あるときヤマトタケルは

ヤマトタケル

この山の神なんて素手でやっつけてやるぞ!
と、草薙の太刀をミヤズヒメのもとにおいて、伊吹山に登ります。

山に登るときに白い猪に山の中腹で出会います。

まるで牛のように大きな猪でした。

ヤマトタケルはその猪を見て、

ヤマトタケル

この白猪は山の神のつかいだろう。今やっつけなくても後でやっつけてやる!
と、山を登り続けます。

実はこの白猪は山の神の遣いではなく、伊吹山の神でした。

ヤマトタケルの不遜な言葉に怒った伊吹山の神ははげしいヒョウを降らせました。

ヤマトタケルはいのちからがら山を下りさまざまな歌をよみながら、各地を歩き回りますが、もう息も絶え絶えです。

瀕死の状態でこのような歌を詠みます。

ヤマトタケル

大和は 国のまほろば たたなづく 青垣山ごもれる 大和し 美し

ヤマトタケル

命の またけむ人は 畳薦(たたみこも) 平群(へぐり)の山の 熊白檮(くまかし)が葉を 髻華(うず)に挿せ その子
現代語訳・・・(私とは違って)元気な人は畳薦(たたみこも)のような平群(へぐり)の山の、熊白檮(くまかし)の葉を髪にさしたりして、(楽しみなさい)

ヤマトタケル

はしけやし 我家(わぎへ)の方よ 雲居立ちくも
現代語訳・・・いとしい、我が家の方から雲が立ち登っていく

そして最後に

ヤマトタケル

嬢子(おとめ)の 床のべに わが置きし 剣(つるぎ)の太刀(たち) その太刀はや!
現代語訳・・・・ミヤズヒメの床に置いてきた草薙の太刀よ! ああ!あの太刀よ!

と絶唱して亡くなってしまいました。

ヤマトタケルは武器をもたずに伊吹山に登ったことを最後にとても後悔していたようです。

白鳥になって飛んでいく ヤマトタケルのお葬式

ヤマトタケルが亡くなると、大和にいた、ヤマトタケルのお后と、子供たちがお墓を作り、お墓の周りに腹ばいになって、泣きました。

するとヤマトタケルの魂は白鳥になって、空に登って、浜に向かって飛んでいきます。

お后たちと子供たちは、泣きながら、白鳥を追って歩きます。

途中で細い竹の切り株で足を怪我をしても、その痛さを忘れて、白鳥になったヤマトタケルを追い続けます。

ヤマトタケルのお后A

浅小竹原(あさじのはら) 腰なづむ 空は行かず 足よ行くな

(現代語訳)
小さい竹が生えた野原を進めば 竹が腰にまとわりついて進みにくい。
私たちは空を飛べない。脚で行くしかない。

白鳥が海の上を飛ぶようになると、お后たちと子供たちは海水に入ってなお、追い続けます。

ヤマトタケルのお后B

海が行けば 腰なづむ 大河原の 植ゑ草 海がはいさよふ

(現代語訳)
海の中を行けば 腰に海水がまとわりついて進みにくい、
広い河原生えている水草のように 海のなかでは進もうとしてもなかなか進めない

この記事の英語バージョン