『小虎』第20章 彼【フリー朗読(声劇)台本として利用可】

1人用声劇台本まとめページ

高校二年生の八月の初めだった。

私はその日の夕方、
JRとローカル線の乗り換え駅まで出かけた。

直人さんお勧めの参考書が近くの本屋になかったので、
その駅の近くの大型書店に行ったのだ。

家へ向かう電車は珍しく混んでいた。

私はドアの近くの柱の横を陣取った。

参考書を早く見たくてたまらない。

本を本屋のビニール袋から取り出し、
夢中で読み出した。

電車が家の最寄駅より一つ前の駅に止まった。

邪魔だよ!
という低い声がして男が私を押しのけてホームに下りた。

手から本がつるりとすべり、
電車とホームの間に落ちた。

発車ベルがけたたましく鳴る中、
私はホームに落りた。

電車が行ってしまった後、
私はホームの下を覗き込んだ。

もう薄暗く良く見えない。

私は階段を昇った。

二つ並んだ改札は無人だった。

右の窓口の中では
半袖からでっぷりとした二の腕を見せた駅員がいた。

太った腕でけだるそうに、
なにかの帳簿をつけている。

私があのうと遠慮がちに口を開くと、
駅員は昼寝から起こされた猫のように顔を上げた。

私が線路に本を落としてしまったんですけど、
と訳を話すと、
自分で落としたものは自分で取れ、
とめんどくさそうにまた帳簿に視線を移した。

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