
息をひきとる2日前、
この杉の前で手を合わせ、
首を傾けた日から何千年がたったのだろう?
かつて北の浜辺から忽然と現れ、
私の信者たちを滅ぼした、
動く帆をあやつる海賊どもは、
それから幾百年後に南の山脈から降りてきた、
鉄を持つ人々に滅ぼされた。
かつて鉄の武器をもって、
あたりいったいを支配した連中。
その侵略者たちも、
やがて西から来た鉄砲をたずさえた、
色の白い背の高い民族に、
痩せた土地においやられ、
今はみじめな生活をおくっている。
(間)
あのやせ衰えた老婆が、
私に最後の供物をささげた日から、
何千年がたったのだろう?
始めの100年は覚えていたが、
その後は数えるのを忘れてしまった。
(間)
あまりにも長く生きている私には、
1日はあっという間に過ぎてしまう。
太陽が東の空に現れた次の瞬間には、
西の地平線に沈む。
あまりにも長く生きている私には、
1月はあっという間に過ぎてしまう。
糸のような細い月は、
あくびをすればまんまるになっている。
あまりにも長く生きている私には、
1年はあっという間に過ぎてしまう。
うぐいすの鳴き声に聞きほれた後、
ひと眠りをしたら、
どさりと、雪が落ちる音で目をさます。
あまりにも長く生きている私には、
100年すらあっという間に過ぎてしまう。
私の宿る杉の木の前で遊んでいた少年が、
しばらくぶりに来たと思ったら、
あの子の玄孫だった。
(間)
年寄りの例にもれず、
最近のことはすぐに忘れてしまう。
けれども昔のことは不思議なほどに、
よく覚えているよ。
いまでも瞳をとじれば、
私に踊りをささげる若い娘の、
上向きに弧を描いた長いまつげの1本1本までもが、
くっきりと脳裏にうかぶ。
効果音
(シャンシャンシャン、ピーヒャラピーヒャラ、シャンシャンシャン、ピーヒャラピーヒャラ 古代のダンス音楽のようなにぎやかな音)
【終わり】
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