『小虎』第1章 粉雪舞う日【フリー朗読(声劇)台本として利用可】

1人用声劇台本まとめページ

ドアのベルが、
じいじいとダイヤル式電話のような古臭い音をたてた。

妻は金魚の刺繍がされたエプロンをはためかせながら、
廊下に出て行った。

無地のなすび色の縁の、
茶けた畳には、
写真が散らばっている。

黒の前掛け、
股引、
地下足袋に、
揃いのはっぴを着た私と妹。

七五三の飴をぶらさげた桃割れに赤いおちょぼ口の妹。

重たげな前髪を真ん中で二つに分けた羽織袴の花婿。

白無垢に文金高島田のげじげじ眉毛の花嫁。

これは誰の結婚式だろう?
集合写真の女性達は皆いかり肩で、
爆発したようなソバージュヘアだ。

前髪をトサカのように立ち上げた、
スカーフ柄のワンピースの若い女性が小さな男の子と手をつないでいる。

妹がこれって洋子叔母さんと、お兄ちゃん?
と聞くので覗き込んでみる。

少年は何度も着た覚えのある臙脂のベストを着ている。

妻が戻ってきた。

スグルさん例のおがみやさんのお友達よと、
嫌そうな顔をする。

私と妻は友達にいわせれば、
まるで血のつながった兄弟のようによく似た夫婦だそうだ。

けれども、
この事においてだけはきっと生涯わかりあえないだろうと思った。

今日はわざわざ彼女が嫌がるようなことはするまい。

私は今日は遅くなるから、
夕飯はいらないよ、
とダウンジャケットを肩にひっかけると、
部屋を出た。

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