いいえ!
おまえが生贄になっても何の役にも立ちません!
と姫はヤマトタケルの腕の中でりんと声を張らせた。
「海が荒れているのは御子がこの海が小さいと馬鹿になさったため、
海の神がお怒りになったのです。
ご機嫌をとるには御子が海に身を投げるしかありません」
あたりが騒然となった、
ヤマトタケルが立ち上がっておお!
ともああ!
とも聞こえる唸り声をあげた。
「しかし御子にはこれから大事なお役目があります。
今お命を失うわけにはいきません。
夫婦は一心同体といいます。
ワタクシが御子の代わりに海に身を沈めれば、波風は静まるかと存じます」
「駄目だ!」
「ほかに手立てがありますか?」
ヤマトタケルと姫はしばらく視線を絡ませ合った後、
ひしと抱き合った。
「さねかしいいい、
さがあむのおのおにい、
もゆうるうひいのおお、
ほなあかあにたちいてえ、
といしきみはもお」
姫が朗々と読み上げた。
「きみいさらあずうう、
そでしがうらにいい、
たつううなみいのおおお、
そのおもかげをお、
みるぞかなしきいいい」
ヤマトタケルが絶唱した。
がさりと音がして舞台の天井から布が落ちてきた。
巨大な短冊のようなもので、
少し崩した字で、
「さねかし
相模の小野に
燃ゆる火の
火中に立ちて
問ひし君はも
弟橘比売《オトタチバナヒメ》」
「君去らず
袖しが浦に
立つ波の
その面影を
見るぞ悲しき
日本武尊《ヤマトタケルノミコト》」
と書かれていた。