「めでたいな!
めでたいな!」
はずむような、
若い男の声だった。
注連縄が張られた巨石に
青年ががにまたで立っていた。
茶けた膝までのズボンに
黄ばんだ白いシャツを着ている。
白い学校の上履きのような靴を履いている。
左右の靴下は片方は白の無地で、
もう一つは灰色と黒のストライプだった。
白い毛糸の帽子を被っている。
大きなポンポンがついた帽子で女性が被るようなデザインだった。
そんな格好で賽銭箱が前にすえつけられた石の上で
ピンポン玉のように跳ねていた。
「めでたいな!」
青年はひらりと舞い降りた。
私の目の前に着地した。
意外にもすらりとした体躯でハンサムだった。
学校の渡り廊下にある
今は亡き卒業生が寄贈した額絵のイサクに似ていた。
もっとも女の子のようなあの子よりもずっと精悍で男らしい。
あのイサクのモデルになった子のお兄さんです、
といったら誰もが納得しそうな顔立ちだ。
若者はぴょんこぴょんこぴょんこと右に三つ片足ケンケンをした。
ケンイチは石像のように固まっている。
なんだこれは?!
異常者か?
というケンイチの心の声が耳の中でぼそりと響いた。
青年はふんふんふんふんと鼻歌を歌う。
めでたいな!
と私の前を跳ね回っている。
ケンイチが私の肩に手を置いた。
私の背中に掌を当て強く石段に向かって力を加える。
私は彼にされるがままに前に進んだ。
ケンイチは私の背中を前方へ押しながら、
ロボットのような足取りで、
石段を降りていく。
彼の手のひらから体の震えが伝わってきた。
石段の上では小虎が歌っている。
「スグル君が帰ってきたぞ!
めでたいな!
帰ってきたぞ!
めでたいな!」
知り合い?
とケンイチは不審そうな目をする。
いや、
知らない、
人違いだよ、
と私は答えた。
停留所についた。
ちょうど夕方のバスの多い時間だった。
私たちは今まさに発車するバスに飛び乗った。
バスが発車してから停留所を二つ超えたところだった。
ケンイチが木の芽時っていうけど本物を見たのは初めてだ、
と長い長いため息をついた。