私は受話器を置いた。
電話帳を見ると、
正太と美登利の父である木田信弘のすぐ下に木林良子(旧姓武藤)とある。
私はおそるおそるダイヤルを回した。
涼しげな声が聞こえた。
「木林です」
「あ・・・あの田中スグルです。
小虎お兄ちゃんは?」
沈黙の後、
スグル君?!
と良子は驚いた様子だった。
「あのおばさん、
小虎お兄ちゃんはもう元気になりましたか?
一緒に遊べたらと思うのだけど」
長い長い沈黙だった。
「あの、
おばさん?」
良子はぽつりぽつりと語りだした。
「あのね小虎は、
赤ちゃんになっちゃったの。
それでもよければ遊んでくれる?」
「小虎お兄ちゃんが赤ちゃんに?」
良子は、
小虎は水に落ちた時、
脳に酸素がいかずに、
それが原因で頭があまり機能しなくなった、
そのせいで小虎の心は成長せずに、
むしろ後戻りしてしまった、
今では赤ん坊のようである、
それでも良ければ小虎と遊んでくれるか?
と聞いた。
私は訳がわからなかった。
しかし、
遊ぶ友達はどうしても欲しかった。
それに以前生まれたばかりの従兄弟を膝に乗っけてあやした時、
楽しかったことを思い出した。
うん、
小虎お兄ちゃんが赤ちゃんでも遊んであげるよ、
と答えた。
良子はそれならいらっしゃい、
カステラ用意しているから、
と電話を切った。
私は良子から、
彼女の家が何処にあるか初めて聞いた。
白砂神社の鳥居のすぐ近くの団地だという。
神社には何度も行ったことがあるから、
私は一人で行けると思った。
居間をのぞくと、
オバちゃんが妹を抱いて居眠りをしている。
そろりそろりと廊下と玄関を抜けると、
門をくぐる。
門を出るやいなや、
私は駆け出した。
道を走る私は、
良子が小虎が赤ちゃんに戻った、
と言っていたことはすっかり忘れていた。
遊ぶ友達が見つかってよかった、
それにしても今日はお菓子づくしだ、
とスキップをした。