深い青の空に
ちぎって引き伸ばした綿のような雲が浮いている。
白い雲の下からは空の青が透けて見える。
向こうは緑の山だ。
コケを吹き付けたかのような濃緑の斜面は
なだらかだった。
山の前は紺色の池で、
山の姿を一段と色味を濃くして写している。
視線を落せば、
辺りは一面の草原だ。
まるで馬という船に乗って浜辺から出たかのように
草の海がどこまでも続く。
鮮やかな緑が私の胸に入りこむ。
苦難の日々を過ごしているうちに、
体の中に積もったけがれを
清清しい緑が洗い流してくれるようだ。
池の周りには百頭近くの野馬が群がり
水を飲んだり、草をついばんでいる。
白い馬、
葦毛、
こげ茶、
薄茶、
ぶち。
馬の中には池の真ん中近くまで入りこんでいるものもいた。
水飲みに来た子馬が水面に写った雲に向かって、
可愛らしい頭を突っ込む。
コウス様は葦毛の馬に、
私は白と栗毛のぶちにまたがって、
駒を進めていた。
コウス様はこの草原に入ってからあまり顔色が優れない。
心配になり、
どこかお加減が悪いのではないですか? と聞くと、
さっきから顔色が悪いのはおまえだって同じだよ、
とおっしゃる。
私が首をかしげていると、
コウス様はこう笑われた。
「草の緑が顔に写っているんだよ、
別に具合が悪いわけじゃない」
ああそうか、
と一旦は納得はしたが、
やはりコウス様はいつもの元気が無い。
もう一度尋ねると
「うん……
やっぱりなんか腑に落ちないんだ。
何で俺の芝居をほうぼうで打てば、
俺がクマソタケルをやったことになるのかい?
じゃあ別の誰かがクマソタケルを倒した芝居をすれば
そいつがクマソタケルをやったことになるのかい?」
私は、
心配しないで私を信じてください、
とコウス様を宥めた後、
どうです?
あの辺りは馬もいないし、
水浴びでもしませんか?
と話題を逸らした。
=======================================
実際にコウス様の懸念は取り越し苦労だった。
ヤマトへの帰路の途中、
最初は宿をたのんでも
「ヤマトの王子コウス? ふーん聞いたことないな、
まあ馬小屋でよければ一晩ぐらい泊まってもかまわないぜ」
という態度だった。
しかし日に日に人々は親切になり、
ああ、
あの……、
とまぶしそうにコウス様を仰ぎ見るようになった。
最後の一晩宿を借りた村では
「この方は、
ヤマトの王子コ……」
とまで言った所で村人がわあっと集まってきてコウス! コウス! と コウス様を胴上げした。
夜になるとコウス様を歓迎しての酒盛りがはじまった。
山菜やたけのこの炊き込み御飯、
鯛の塩焼き、
アワビの焼き物、
シソの敷かれた平らな籠に乗せられたふぐの一夜干しなどのご馳走でもてなされた。
村の宝の巨大な黄金色(こがねいろ)の銅鐸(どうたく)が蔵からひっぱりだされ、
村の広間にある大きな柿の木の枝につるされた。
村人に勧められてコウス様が銅鐸(どうたく)の下からでている藁紐を揺らすと、
きいん、
くいんと鳴った。
更に夜が更けると一晩でいいからお側に、
と村娘がたばになって夜這いにやってきた。
ついにヤマトの宮廷に戻った。
門をくぐると左右の高みやぐらから天人の羽衣のごとく幾筋もの色鮮やかな薄絹が舞い落ちてきた。
空から降ってきた色彩の洪水におどろいていると、
金属のぶつかり合う音が聞こえ、
琴や笛の音曲が始まった。
門からコウス様のお父上の大王(おおきみ)のお住まいまでの道の両脇に木の枠組みが設置されている。
そこに無数の鐘がつるされ、
風に揺られ音を立てている。
鐘の前には大勢の琴や葡萄の房のような鈴、
笛や太鼓を抱えた人々が楽しげな音色を奏でている。
演奏をしていない宮人達は色とりどりの細い刺繍入りの絹や、
籠に入れたあやめやつつじの花をコウス様に向かって投げつける。
皆、
お日様のような笑顔だった。
大王(おおきみ)のお部屋にたどり着いた。
大連(おおむらじ)や大臣(おおおみ)らに囲まれ、
執政中の大王(おおきみ)はコウス様の姿をご覧になるなり、
立ち上がられた。
御みずから、
こちらまで歩いていらっしゃる。
大王(おおきみ)はコウス様の頬に愛しげにご自分の頬をお寄せになる。
コウス様の背に御腕(みうで)を回し、
こうおっしゃった。
「お前の芝居は見た! よくやった!」