夏目漱石 『門』のあらすじ
宗助は、東京でサラリーマン生活をしています。
妻の御米と老夫婦のような地味な生活を送っています。
毎日、役所に通勤しているのですが、はんこで押したような無味乾燥な毎日。
東京に住んでいるが家から勤め先の間までの道しかほぼ知りません。
休みは日曜日だけですが、有意義に過ごしているとはいえません。
遅くまで寝て、散歩するのが主な過ごし方のようです。
学問への嗜好も強い人で、本を読んだりしますが、中途半端に終わってしまいます。
奥さんと下女との三人暮らしです。
子供はいないのですが、昔はいたけれど成長せずに死んでしまったようです。
安月給で細々と暮らしていて、住んでいる家は殺風景な住宅街。
庭は崖に面しています。
神経衰弱気味で、朝9時から4時まで(今のサラリーマンから見たら随分短いですけど当時の感覚だと十分大変なようです)の勤めを終えて家に戻ると、疲れ果ててしまいます。
銭湯も三日に一遍ぐらいしか行きません。
床屋にもあまり行っておらず、靴にも穴が開いていて雨だと水が入り込みます。
あまり清潔感がなく貧乏くさいのです。
彼は不本意な人生を送っている人でした。
もともと彼は裕福な家の息子でしたが、大学の途中で中退するはめになります。
それは後に妻になる御米との恋愛が原因でしたが、何故そんなに二人の恋愛が問題だったかははっきりと書かれていません。
御米との恋愛の為、勘当をされ大学を卒業せずにやめます。
それとほぼ同じ時期に父親がなくなり、その時に宗助は東京の屋敷を叔父にまかせて、その代わりに当面の生活費を得ます。
宗助の弟の小六は叔父の家に世話になります。
御米と結婚した宗助は役人になり(就職と結婚の順序はまったく不明ですが)広島、大阪の赴任を経て、友人のつてを頼り、東京で任官します。
戻ってから気になるのは叔父に頼んで売ってもらった屋敷の金のことでしたが、聞きづらく感じており、また叔父の家にいくのもあまり気が乗らず、のばしのばしにしています。
ついに聞かぬまま叔父が亡くなってしまいました。
その後もしばらくほっておいた所にある日弟の小六が駆け込んできます。
なんと小六は叔母に、もう彼の学費は年末の分までしか払えないと言われたそうなのです。
小六は将来は大学を卒業するつもりでいたものですから、高等学校の卒業までの学費も払えないといわれて、晴天の霹靂です。
小六に何度もせかされて、宗助はやっと思い腰をあげて、さんざんのらくらした後、叔母に事情を聞きに行きました。
叔母によると実際に学費を払えないらしいのです。
屋敷を売ったときの金は叔父が貸家をしたり事業をするための資金にしたがすべて失敗してしまい亡くなってしまったとのことでした。
また従兄弟の安之助が大学を卒業したばかりなのですが、就職をせず先輩と事業をしているのですが、上手くいっていないらしい。叔母の家には本当に小六の学費を出せないばかりか、もう彼を養うこともできないのでした。
小六は休学して、学生寮を出て、宗助と御米の住む家に転がり込みます。
小六が来たことで家でくつろげなくなったためか、もともとあまり体の丈夫でない御米は重症の肩こりを患います。
医者を呼ばなければ危ないほどの状態になり、その後寝込んだりします。
それと前後して夜、大きなもの音がします。
明け方庭に出てみると、螺鈿の箱が落ちていて、それはどうやら宗助の庭の崖の上に住む家主の坂井の家に入った泥棒がそれをとって宗助の家の庭に落ちてきて、置いていった物のようでした。
宗助がその螺鈿の箱を坂井の家まで持って行ったことによって、二人の交流が始まります。
坂井は財産家で仕事をしないでも裕福な暮らしをできるほどでした。
家には三人の女の子がおり、使用人も多く、貧しく、寂しい宗助の家とは対照的です。
社交的な気さくな男で宗助と坂井は親しくなります。
年始に挨拶に行ったおりに、ちょっとしたはずみで小六の話になり、坂井は小六を彼の家の書生にしようか? と宗助に持ちかけます。
休学して、宗助の家に居候している、小六の今後が決まりそうになるのですが、それと同時に宗助にとってぞっとするような事が起こります。
坂井の弟は満州やモンゴルに行って何か事業をしているのですが、その仲間が「安井」だというのです。
安井は宗助にとって二度と会いたくない男でした。
御米と宗助があったきっかけが安井だったのですが、御米と宗助の恋愛がきっかけで宗助と安井は絶交したのです。
間もなく日本に戻ってきた坂井の弟が「安井」を連れて坂井宅を訪ねると聞いた宗助は安井の影におびえながら家に戻ります。
もともと神経衰弱気味だったのが、さらに安井がすぐ近くにやってくるという恐怖が追い討ちをかけのか、宗助は鎌倉の寺に座禅に行くことを決心します。
役所の同僚の紹介で鎌倉の寺についた宗助は、感じのよい青年僧に世話をされながら十日間の座禅の日々を送ります。
悟りには何段階かあるようで、十日間の間にその一段階に達する人もいるようですが、(宗助を世話してくれた青年僧は七日目にその段階に達したそうです)宗助は残念ながら十日間の間にその段階まで行くことができませんでした。
青年僧と、彼の老師に、たとえその悟りの段階に達しなくても、座っただけの功徳はあります、と慰められ、宗助は家に戻ります。
家のもどった宗助は御米に安井が坂井の家にいることを彼女がもうすでに知っているのではないかと恐る恐るさぐりますが、御米はまったく知らないようです。
坂井を訪ね、坂井の弟と安井はどうしているかと聞くと、もう二人ともモンゴルへとたって、しばらくは戻らないとのこと。
とりあえずは、ほっとした宗助でした。
その後、小六は坂井の家に書生になり、またその他学業を続ける費用も安之助が出すことになります。
そのころ官吏の昇給とそれに伴う解雇があるのですが、宗助は解雇を免れ、昇給があります。
小六は学業を続けられるようになり、宗助の暮らしは少しはましになりました。
しかし二度と昔のように戻ることはできません。
そして宗助はこれからも安井の影におびえながら生きなければならないのです。
これからの夫婦の道が決して平穏ではないことを暗示するかのように小説は次の文で終わります。
御米は障子のがガラスに映る麗らかな日陰をすかして見て、
「本当にありがたいわね。ようやくの事春になって」と云って、晴れ晴れしい眉を張った。
宗助は縁に出て長く伸びた爪を切りながら、
「うん、しかしまたじき冬になるよ」
と答えて、下を向いたまま鋏を動かしていた。
のんびり男、宗助
読者は特に前半は宗助ののんびりぶりにあきれてしまうかもしれません。
宗助の父は立派な邸宅を持っていました。
父親の亡くなった後、宗助は叔父に屋敷のことを頼み、それと引き換えに当面の生活費をもらいました。
その時に叔父は屋敷を売ったのですが、その時の金を叔父は宗助に断らず、勝手に事業や貸家の資金として使いましたが結局すべてなくなってしまいました。
また屋敷にあった書画骨董も一枚の屏風を残してみなどこかへ行ってしまったのでした。
宗助は勘当された身で聞きにくかったのもあると思いますが、勘当された当初ならともかく、広島や大阪にいる頃には叔父に聞こうと思えば手紙などで聞けたはずです。
本来なら自分のものになるはずだったの相当な額になるはずの財産について叔父に具体的な金額を聞かなかったのは随分いいかげんで怠慢に思えます。
その後東京に戻り、新世帯を持つための道具などを援助してもらいます。
その時に叔父に交流があったのに、宗助は屋敷を売った時の金のことを聞こうとしません。
叔父に会いに行くのを面倒くさがり、たまに行ってもその話をせずにいます。
ついに叔父が死に、それから大分たって小六が叔母が学費を払ってくれなくなったことを宗助に訴えにきます。
それでも叔母に聞きに行かず、のんびりのんびりすごし、小六の催促によってやっと叔母から事情を聞きます。
もう叔父がいないので、叔父の仕打ちを責めることもできません。
結局宗助が叔母からもらえたのは屏風一枚だけです。
これもほぼ宗助がのんびりしていたせいといえるでしょう。
さらに宗助は小六が年末までで学校をやめなければならないことを知った後もそのうちなんとかなるだろうと考えて特になにも対策をとらないでいます。
このあたりは弟に対する愛情がないのではないかと疑ってしまうほどです。
屏風のエピソード
叔母から唯一取り返すことのできた財産が屏風でした。
それは有名な画家の描いた見事なもので、それを見ていると宗助が父が生きていた頃の豊かな暮らしを思い出すのでした。
それを宗助は近くの古道具屋に売ります。
何度か断って値段をつりあげたのですが、実際の価値よりはかなり安い値段で売ってしまったことを後にそれを最終的に古道具屋から買った、家主の坂井から聞きます。
さんざん叔父に財産をとられ、唯一取り返した財産である屏風すら安く売ってしまうということが宗助の不運さを象徴しています。
また余裕のない暮らしの中で手に入れた唯一の金目のものである、屏風を近所の古道具屋に売ってしまうという、という態度も宗助のその他のことに対する態度の安易さも象徴しているようです。
この屏風のエピソードは宗助の人生の悪い面を象徴するエピソードといえましょう。
謎
裕福な家に生まれた、前途洋洋な若者だった宗助が日々の暮らしに追われる小役人となったのは御米との恋愛と、それによる実家からの勘当が原因でした。
しかし何故御米との恋愛がそれほどの問題を引き起こしたのでしょうか?
御米は、宗助の学友の安井が「妹」として連れてきた女性でした。
宗助は御米と恋に落ちたことが原因で、親に勘当され、学業を続けられなくなります。
安井とも二度と会えないような関係になります。(小説の中で宗助は安井の影におびえています)
物語の中核をなすほどの大事件だったはずなのに、実際なぜそうなってしまったのか? については書かれていません。
御米がもし安井の妹だったら、宗助と御米や同じ階級に属する未婚の男女ですから、恋愛関係になってもそれほど問題があるとは思えません。
もしかしたら御米は安井の妹ではなく、婚約者や妻だったのでしょうか?
もしそうだとしたら、安井と御米の関係は後ろ暗いものだったはずです。
しかし御米はおとなしそうで、結婚前に二人の男性と続けて禁断の関係を持つ女性のようにはとても思えません。
御米は確かに安井の妹だったが、宗助に婚約者やいいなづけがいて、それで御米と恋愛関係になったので、両親の怒りを買い勘当されたのでしょうか?
それだったら、両親はともかく、安井と絶交になるはずはありません。
そんなわけで御米は安井とどういう関係だったのか?
なぜ御米と宗助の恋愛はそんなに問題だったのか? はわからないままです。
そんなことは書かなくても、ちゃんと完成された小説になっているということが面白いところです。
登場人物
宗助 役人。大学中退。もとは血の気の多い若者だったが、いまでは神経衰弱気味。
御米 宗助の妻。宗助とは恋愛結婚。地味な女性で昔恋愛事件を起したような女とは思えない。
小六 宗助の弟。単純な若者で、『坊ちゃん』や『彼岸過ぎまで』の主人公を思わせる。宗助とは長い間一緒に住んでいなかったので、あまり仲良くなく、むしろ従兄弟の安之助とのほうが兄弟のようであった。父親が亡くなった後も叔父の世話になり、自分の学費や生活費は当然叔父の家で世話をしてくれるものと思い込んでいた。急に今年一杯までの学費しか払えないと叔母に言われ、大慌て今まであまり付き合いのなかった宗助に泣付いた。
叔父 宗助の叔父。山気のある人で、昔から宗助の父から金を得ては事業を起して失敗していた。宗助の父が亡くなったときも宗助の父の屋敷を売った金で事業や貸家をしようとしたが皆失敗してなくしてしまった。
叔母 宗助の叔母。まあ常識人。
安之助 叔父、叔母の一人息子。宗助の従兄弟。小六とは一緒に育ったため宗助よりも仲がよい。大学を卒業したばかり。就職はせず、先輩と発明をする事業を始めた。かつお舟につけるエンジンとか、インクを使わない印刷機などを発明し今に大もうけする、と言っているが、どれも成功し無そうな感じぷんぷんである。
坂井 宗助の家主。無職でも豊かに暮らしていけるぐらいの財産家。四十歳ぐらい。社交的な男。三人の女の子の父親。モンゴルに行っている「アドベンチャー」の弟がいる。
安井 宗助の学生時代、御米を「妹」として京都に連れてきた。実際、御米とどんな関係だったかは不明。宗助と御米の恋愛は彼にとっては宗助との絶交に値するものだったらしい。現在は坂井の弟の弟とモンゴルで何か怪しげな事業をしている。もともと病弱で大陸に渡りそうな人ではなかった。
宜道 宗助が山寺に座禅修行に行った時に世話をしてくれた親切な青年僧。もとは彫刻家だったらしい。