あらすじ
舞台は第二次世界大戦から十数年後の英国南部。
長年貴族の館「ダーリントン・ホール」で働いていた執事スティーブンスは、
主人から借りたフォードでドライブ旅行に出かけます。
スティーブンスは他の貴族の館で使用人としてキャリアをスタートさせたのち、
次第に執事を務めるようになり、
三十年前にダーリントン・ホールの執事となります。
そのころのダーリントン・ホールの主人は名家の当主であるダーリントン卿の物でした。
そこはただの貴族の住まいではありませんでした。
英国中、いや国外からも、
そうそうたる紳士淑女が集まる、
政治の場、世界を動かす場でもありました。
そこで実際に歴史を動かしたともいえる、
貴族たちの会議の裏方として活躍したことの誇りが語られます。
また当時の執事職の状況、
やはり執事だったスティーブンスの父の思い出、
女中頭ミス・ケントンとの思い出などが語られます。
近年のできごととして、
ダーリントン・ホールの新しい主人、
アメリカ人、ファラディも登場します。
旅に出るスティーブンス
彼が執事を務める貴族の館「ダーリントン・ホール」は最近持ち主が変わったのです。
かつてはダーリントン卿という貴族がダーリントン・ホールの持ち主でしたが、
現在はファラディというアメリカ人になりました。
スティーブンスはファラディのアメリカ流のやりかたにとまどっています。
たとえばファラディはジョークが好きで、
ときどきスティーブンスがびっくりしてしまうような、
どぎつい冗談もいいます。
スティーブンスがかつての女中頭ミス・ケントンに会いに行くことを持ち出すと、
「ガールフレンドに会いに行くんだね」
などとからかったりします。
スティーブンスはそれにとまどいながらも、
ジョークを言うことも自分の執事としての仕事の1つなのではないか?と考え、
ジョークの練習をしますが、
なかなかうまく行きません。
また今、ダーリントン・ホールは大変な人不足。
かつては十七人もいたダーリントン・ホールの使用人は今は四人しかいないのです。
少人数でどうやって切り盛りするかにスティーブンスは頭を悩ませているようです。
スティーブンスは旅行中かつての女中頭、
大変優秀であったミス・ケントンにまたダーリントン・ホールで働いてくれないかと頼みに行くことも念頭にいれています。
スティーブンスは今回の旅行まで長年ダーリントン・ホールで働いていながら、
一度も長期間ダーリントン・ホールを離れたことがないようです。
ダーリントン・ホールを散々点検して、
やっとでかけます。
それほど遠くには行ってはいないとは思うのですが、
スティーブンスはだんだん彼の乗った車がダーリントン・ホールから離れると、
外の景色に感嘆します。
スティーブンスの感動の度合いから、
彼がいかに日頃狭い範囲で生きているかがうかがわれます。
スティーブンスは途中でたまたま出会った老人の勧めで丘に登り、
そこから美しい景観を眺めます。
その景色を「偉大」と表現し、
その静かな美しさはイギリス特有のもの、
他の国々にはないもの(彼が考える外国はおもにヨーロッパ大陸です)と評します。
そしてその偉大さはイギリスの執事にも共通するものだと考えます。
ここから彼の「偉大な執事」ひいては「品格のある執事」についての考察や持論が始まります。
ここでヘイズ協会という執事の団体や、
スティーブンスの若い時代、
同業者から尊敬を集めた著名な執事がとりあげられます。
執事の品格
スティーブンスの若い頃、
どんな執事が理想的と言われていたか、
またそれが彼の父親(スティーブンスの父も執事だった)と彼の時代の価値観の違いなどが語られます。
スティーブンスは「品格」という言葉をよく使い、
自分の父親や、
彼自身が「品格ある執事」であったことを誇りとしています。
それはどんなときでも「執事の制服を脱ぎ捨てないこと」で、
スティーブンスによればこれができるのは英国の執事だけだそうです。
大陸(ヨーロッパ大陸)の使用人のトップにはできないことであり、
そのため英国には執事はいるけれどもヨーロッパには執事はいないそうです。
この品格を語るエピソードが二つ語られます。
一つはスティーブンスの父のもので、
もう一つはスティーブンス自身のものです。
一つ目のエピソードはこのようなものです。
スティーブンスの父の運転で、
酔った主人とその友達がドライブに出かけます。
おふざけが過ぎた主人の友人たちを、
スティーブンスの父は毅然とした態度で無言で諌めます。
もう一つはダーリントン・ホールで行われたインフォーマルな国際会議の時のことです。
最終日、晩餐会が行われる中でスティーブンスの父は亡くなります。
スティーブンスは晩餐会をつつがなく進めるため、
父親に付き添うことはしません。
スティーブンスは父親がもうじきあの世の人になることを知りながらも、
感情を表に表わさず、
晩餐会にて執事の役割を果たします。
父親の死に目に会うことはできなかったわけですが、
スティーブンスはこのとき自分は執事として一皮むけた、
と誇りに思っています。
ミス・ケントン
ミス・ケントンはこの小説のヒロイン。
スティーブンスの恋人候補であった女性。
今まで他のお屋敷で、使用人としてのキャリアを積んだ女性らしく、
女中頭としてダーリントン・ホールにやってきます。
つんつんとした物言いのプライドの高そうな女性で、
ベテランの執事であるスティーブンスの父(以前、他の貴族の屋敷で執事をしていたが、主人が亡くなった後、スティーブンスの務めるダーリントン・ホールの副執事を務めるようになった)を呼び捨てで呼ぶといった高飛車なところもあります。
ミス・ケントンはスティーブンスの父の些細なミスを、
スティーブンスから見ると大げさな態度で、
騒ぎたてます。
当初は不快に思うスティーブンスでした。
しかしそのようなミス・ケントンの行動は、
スティーブンスの父が老齢で衰えがみえること、
そのわりには仕事を抱えすぎていることを気づかせるためでした。
ミス・ケントンはそういったことにいち早く気付く賢明な女性だったのです。
ミス・ケントンの助言により父の過労に気がついたスティーブンスは父に仕事を減らすように、
特にお客様のまえで給仕はしないように言います。
父親は頑固な態度で自分の衰えを認めません。
その夕方スティーブンスは、
呆然とした様子で庭の狭い範囲を行ったり来たりしている父を見かけます。
その様子をミス・ケントンも見ているのでした。
スティーブンスがここまで率直に父に言ったのは、
もうじきダーリントン・ホールで重要な国際会議が開かれるからでした。
それは第一次世界大戦後のドイツに対するあまりにも強硬な態度を和らげるように、
呼びかけるものでした。
各国から要人が集まり、
ダーリントン・ホールが緊迫したムードに包まれます。
その国際会議のさなかにスティーブンスの父は亡くなりますが、
スティーブンスは父が危篤状態になっても仕事を優先させます。
臨終の知らせを聞いても冷静で、
主人や客にはいつもどおりの態度を崩しません。
ここでは客の一人(ダーリントン卿の友人)にもうじき結婚する息子への性教育を頼まれますが、
なかなかタイミングが合わない、
というコミカルなエピソードもあります。
小説のクライマックス
この小説のクライマックスは二つあります。
一つは対独政策を緩和するためのインフォーマルな国際会議の最終日の晩餐会で、
フランス代表がアメリカの政治家が会議の間中に彼の部屋で周囲の人の讒言をしていたことを告発します。
その時スティーブンスの父親は危篤にありました。
スティーブンスはミス・ケントンから父が危険な状態になることを聞きますが、
あくまでも職務を優先させ、
ミス・ケントンや医者に父親をみてもらいます。
要人たちの国際会議と、
人づてに聞く死に向かう父親、
公的なことと私的なことが交互に描かれ、
緊迫したムードをかもしだしています。
もう一つはダーリントン・ホールでドイツ大使と、
イギリス首相の機密会議が開かれた夜です。
その会議の日、
ミス・ケントンは知り合いの男性と外出し、
プロポーズを受けたのちダーリントン・ホールに戻ってきます。
ミス・ケントンはそのことをスティーブンスに言います。
おそらくスティーブンスに何か言って欲しかったのでしょうが、
スティーブンスはあくまでも事務的なつれない態度。
歴史を動かすことになる会議と(というよりもダーリントン卿の運命を変えることになる会議)と、
ミス・ケントンとスティーブンスのお互いに思っているのだけど素直になれない様子が交互に描かれます。
全く違う性質の二つのクライマックスを並べることによって、
緊迫したムードが出ています。
ミス・ケントンとの関係
かなり遠まわしですが、
スティーブンスの語りにはミス・ケントンとの間に恋愛関係になる可能性があったことがほのめかされています。
スティーブンスは、それはミス・ケントンからアプローチはあったものの、
スティーブンスが彼女を冷たくあしらってしまったことが原因で壊れてしまった思っているようです。
たとえばある晩、
ミス・ケントンがスティーブンスがいた部屋に入った時、
スティーブンスが読んでいた小説に興味を持ち何を読んでいるのか? と話かけます。
しかしスティーブンスは
ミス・ケントン。
すぐにこの部屋から出ていくよう、
お願いせねばなりません。
私が自分のために費やせるわずかな時間まで、
あなたにこんなふうにつきまとわれるとは、
じつにけしからぬ話です
と彼女を部屋から追い出してしまいます。
また執事であるスティーブンスと女中頭であるミス・ケントンは毎晩、
スティーブンスの部屋でココアを飲みながらダーリントン・ホールの運営に関する会議を行っていましたが、
あるときスティーブンスは今後この会議はやめようと言い出します。
またミス・ケントンにとって母親同然である叔母の訃報があった時、
スティーブンスはミス・ケントンに社交辞令以上の言葉をかけることはありませんでした。
小説の最初から最後までスティーブンスとミス・ケントンの会話は非常に他人行儀で、
内容も仕事のことばかりですが、
下記の一文によってスティーブンスが彼女との恋愛を想定していたことが読み取れます。
何日でも、何か月でも、何年でも……。
あの誤解もこの誤解もありました。
しかし、私にはそれを訂正していける無限の機会があるような気がしておりました。
一見つまらないあれこれの出来事のために、夢全体が永遠に取り返しのつかないものになってしまうなどと、当時、私は何によって知ることができたでしょうか。
ここで「夢」などというロマンチックな単語が出てきます。
この「夢」が何を意味しているのかははっきり書かれていませんが、
ミス・ケントンと恋愛関係になること、
あるいは結婚することではないかと推察できます。
感想
職務計画、旅行中の身なり、予算、についてのスティーブンスの細かい考え、
そしてジョークの練習、
スティーブンスの几帳面で真面目な性格が伝わってきます。
ちょっと真面目で几帳面すぎて「細かい男だな」と思ったり、
クスッと笑ってしまいたくなるようなところもあります。
また執事以外の使用人、
女中頭やメイドなど就職事情なども知ることができるのが面白いところです。
たとえば当時は使用人の就職には紹介状を持っていくものだったそうです。
また職場恋愛が禁止だったのでしょう。
使用人同士が結婚すると退職せねばならなかったようです。
使用人同士の駆け落ちのエピソードもあります。
ダーリントン・ホールに就職したばかりの若いメイド、
ライザは酷い紹介状を持ってきたものの、
ミス・ケントンの教育によってみるみる仕事ができるようになります。
そんなときに彼女はダーリントン・ホールの若い使用人と駆け落ちしてしまったのでした。
そこでミス・ケントンが駆け落ちしたメイドに対して「愚かなライザ」と嘆きながらこんなことを言います。
なんて愚かな……。
いずれ捨てられるに決まっているのに。
あと少し我慢していれば、きっといい将来が開けたはずですわ。
一、二年のうちには、どこか小さなお屋敷で女中頭くらいは務めら
れるようにしてやれたと思いますの……。
つまりある屋敷でメイドを何年か務めた後、
別のお屋敷で女中頭、
という使用人のキャリアアップのようなこともあったようです。
またスティーブンスとミス・ケントンのワーカーホリックぶり!
ミス・ケントンの休みの取り方は6週間に2日、叔母さんの家に帰るだけ。
スティーブンスにいたっては、
ほぼ休みをとらなかったようです。
(労働契約では休みはもっとあったようですが……)
登場人物
スティーブンス
ダーリントン・ホールの老執事。
英国の貴族、ダーリントン卿、アメリカ人の富豪ファラディに仕えてきた。
ファラディ
アメリカ人。
スティーブンスの今の主人。
ダーリントン卿亡き後、ダーリントン・ホールを買い取った。
まだダーリントン・ホールに住み始めて日が浅い。
ミス・ケントン
以前ダーリントン・ホールで女中頭をしていた女性。
十年程ダーリントン・ホールで働いたのち、三十代半ばで結婚退職した。
今は夫と暮らしている。
娘がおり、もうじき孫が生まれる。
スティーブンスの父
生涯に渡って執事職についてきた。
スティーブンスに品格ある執事と尊敬されている。
自分の老いを頑として認めない、かたくななところもある。
ダーリントン卿
名門の貴族。
ダーリントン・ホールの以前の持ち主。
スティーブンスには深く尊敬されているのですが、
第二次世界大戦後のイギリスではよく思われていません。
ユダヤ人の使用人を解雇にしたことがあります。
(それが間違っていた、と後にスティーブンスに告白します)
また民主主義は間違っている(無知な大衆に政治などできない)という考えを貴族仲間に証明するために、
スティーブンスを利用したこともあります。
スティーブンスを客の集まった居間に呼び出し、
スティーブンスが答えられないような外交問題や政治の問題を質問します。
それに答えられないスティーブンスを客に見せて、
一般大衆に政治に参加させてもしかたがない、
ということを証明しようとしたのです。
ダーリントン卿はこの小説世界のイギリスで「悪名高い人」とされているようです。
またスティーブンスが旅行中に出会った村人の言葉はダーリントン卿のユダヤ人差別、対独支援、反民主主義を真っ向から否定するものです。
だいたい、ヒットラーと戦ったのだって、そのためだったんでしょう?
ヒットラーの言うなりになってたら、今頃、みんな奴隷ですよ。
(中略)だからヒットラーと戦って、やっと守ったんだ。
自由な市民でいる権利をね。
(中略)自由に生まれついたから、意見も自由に言えるし、投票で議員を選んだり、辞めさせたりもできる。
それが人間の尊厳であり品格ってもんですよ。