川端康成『雪国』あらすじ 感想 登場人物紹介

あらすじと感想

十二月の初め、島村は豪雪地帯に向かう列車に乗っています。

同じ車両に乗り合わせたのは若く美しい女と病人らしい男でした。

島村はふと指で水蒸気で曇った窓ガラスに線を引きます。

窓ガラスが鏡の役割を果たし、島村の斜め前に座っている、女と病人の若い男の様子がよく見えます。

女は男の頭を膝に乗せ、まめまめしく世話をしています。

まるで夫婦のような二人ですが、島村は女を「娘」だと思います。

島村は窓の外の景色を眺めるようなふりをして、二人を観察していたのでした。

窓の外の夕景色と美しい娘の姿が重なり、幻想的な場面となります。

長いトンネルを抜けると、雪景色になります。

ある信号所を通るときに、娘は窓から身を乗り出して、駅長によびかけます。

娘の弟がその信号所で働いているので、その様子を聞きたかったようです。

娘と駅長の会話の中で、島村は娘の名前が「葉子」であることを知ります。

信号所を通った半時間ほど後に、偶然にも島村は「葉子」と連れの男と同じ駅で降りることになります。

ホームには青いマントを着た女がいました。

島村は、宿の客引きの番頭から、青いマントの女性が誰であるか聞きます。

それは「葉子」の連れの男の家族であり、また偶然にも島村の恋人でもある駒子でした。

青いマントの駒子と島村はホームではお互いに相手に気が付きません。
(駒子は気がついていたけれど、葉子と病気の男が一緒なので知らないふりをしたのかもしれません)

島村が風呂をすませると、駒子が島村の宿にやってきました。

着物の着方からして駒子は芸者になったようです。

島村と駒子が知り合ったのは半年ほど前、新緑の季節でした。

山歩きの後、温泉街に出た島村は、芸者を呼びたいと思います。

ところがその日は道路普請の落成祝いで、その町の芸者は皆、出はらっていました。

「三味線と踊りの家の娘だったら、全くの素人ではないし、呼べるかもしれない」、と町の人から聞き、呼んでもらいます。

一時間ほどしてやってきたのが駒子でした。

駒子は三味線と踊りの師匠の弟子あるいは養女です。

すっきりとした清潔感のある女性です。

彼女は、生まれはこの雪国、東京でお酌をしているうちに受けだされ、ゆくすえ日本踊の師匠として身を立てさせてもらうつもりでいたところ、一年半ばかりで旦那が亡くなった、という経歴の女性で年は十九歳。

歌舞伎に詳しく、おしゃべりの相手に飢えていたのか、夢中で島村と話します。

花柳界の女性らしく初対面の男性ともはやくうちとけます。

駒子としばらく話したのち、島村は駒子に「芸者を呼んでくれ」とたのみます。

自分を呼んだのになぜ、芸者を呼ぶのか? と駒子はあっけにとられます。

島村によると、一週間の山歩きで、ほとんど人と話したことがなかった後、初めて話したのが駒子だったので、彼女を女性というよりも、友情を感じたからだそうです。

せっかく友情が芽生えたのに、男女の仲にはなりたくないと言います。

また彼女の清楚な様子から女遊びの対象とは見にくかったようです。

自分を呼んだのに、さらに女を呼んでくれという島村を、当初は駒子は理解できない様子でしたが、まもなく島村に同意します。

駒子が出ていくと、別の芸者がやってきますが、あか抜けない女でした。

島村はすぐに嫌になってしまいます。

一時間でその芸者を帰してしまうのでした。

その後、一人で山を登っているとまた駒子に出会います。

先ほどの女と比べて、駒子は美しく、島村は自分は

はじめからただこの女がほしいだけだ、それを例によって遠廻りしていたのだ

と悟ります。

その日の夜、十時ごろ、駒子がひどく酔っ払って島村の部屋にやってきます。

廊下から大声で島村の声をよんで、普通ではない様子です。

この冬スキイ場でなじみになった男達が夕方山を越えて来たのに出会い、誘われるまま宿屋に寄ると、芸者を呼んで大騒ぎとなって、飲まされてしまったとのことだった。

はっきりとは書かれていませんが、このとき二人は男女の仲になったようです。

雪の日の再会の翌日、島村は駒子に列車の中で見た葉子と病人の男のことを話します。

駒子の様子が変わります。

「あんた、そのこと昨夜どうして話さなかったの。なぜ黙ってたの」と駒子は気色ばんだ。

その後、駒子の家に招かれた島村は、駒子から彼女の家族である病人の男は腸結核だと聞かされます。

病人はもう治る見込みがないようです。

この男は行雄といって、駒子の踊りの師匠の息子、今年二十六歳です。

東京で働きながら夜学に通っていたところ、体の無理が重なったのだといいます。

駒子は行雄については話してくれますが、葉子については一切触れません。

葉子が何者であるか、また何故駒子が踊りの師匠、行雄と一緒に暮らしているかについては謎のままです。

そこに葉子が現れます。

駒子と親しい様子で話しています。

また葉子が山袴を穿いているところから、島村は葉子はこの土地出身だろうと推察します。

まもなく島村は按摩の女性から駒子の身の上を聞きます。

彼女によると駒子は病気の青年のいいなずけでした。

青年の治療費を出すためにこの夏、芸者になったそうです。

しかし駒子が芸者に身を落としてまでつくした、その青年には葉子という恋人がいて、またその青年はまもなくこの世の人ではなくなるのです。

島村は「すべてこれ徒労でなくてなんであろう」、と思います。

島村が駒子の運命に思いを馳せて物思いに沈んでいると、島村の部屋に駒子が入って来てじゃれかかります。

駒子は島村にこんなことを話します。

そして静かな声で、八月いっぱい神経衰弱でぶらぶらしていたなどと話し始めた。
「気ちがいになるのかと心配だったわ。
なにか一生懸命思い詰めてるんだけれど、なにをおもいつめてるか、自分によく分からないの。
怖いでしょう。
ちっとも眠れないし、それでお座敷へ出た時だけしゃんとするのよ。
いろんな夢を見たわ。
御飯もろくに食べられないものね。
畳へね、縫針を突き刺したり抜いたり、そんなこといつまでもしてるのよ、暑い日中にさ」

島村は駒子に「君はあの、息子さんのいいなずけだって?」と聞きます。

駒子は否定します。

はっきり言いますわ。

お師匠さんがね、息子さんと私といっしょになればいいと、思った時があったかもしれないの。

心のなかだけのことで、口には一度も出しゃしませんけれどね。

そういうお師匠さんの心のうちは、息子さんも私も薄々知ってたの。

だけど、二人はなんでもなかった。

ただそれだけ

駒子は行雄に対してクールなそぶりです。

また葉子のことに一言も触れないのを島村は不審に思います。

また葉子にしても、汽車の中まで幼い母のように、我を忘れてあんなにいたわりながらつれて帰った男のなにかである駒子のところへ、朝になって着替えを持って来るのは、どういう思いであろうか?

ここで駒子が三味線を弾く場面となりますが私がこの小説の中で一番好きな、名場面なので引用します。

勧進帳であった。

たちまち島村は頬から鳥肌立ちそうに涼しくなって、腹まで澄み通って来た。

たわいなく空にされた頭のなかいっぱいに、三味線の音が鳴り渡った。

全く彼は驚いてしまったと言うよりも叩きのめされてしまったのである。

敬虔の念に打たれた。

悔恨の思いに洗われた。

自分はただもう無力であって、駒子の力に思いのまま押し流されるのを快いと身を捨てて浮かぶよりしかたなかった。

十九や二十の田舎芸者の三味線なんか高が知れてるはずだ、お座敷だのにまるで部隊のように弾いているじゃないか、おれ自身の山の感傷に過ぎんなどと、島村は思って見ようとしたし、駒子はわざと文句を棒読みにしたり、ここはゆっくり、ここはめんどくさいと言って飛ばしたりしたが、だんだん憑かれたように声も高まって来ると、撥の音がどこまでも強く冴えるのかと、島村はこわくなって、虚勢を張るように肘枕で転がった。

(中略)

「こんな日は音がちがう」と、雪の晴天を見上げて、駒子が言っただけのことはあった。

空気がちがうのである。

劇場の壁もなければ、聴衆もなければ、都会の塵埃もなければ、音はただ純粋な冬の朝に澄み通って、遠くの雪の山々まで真っ直ぐに響いていった。

いつも山峡の大きい自然を、自らは知らぬながら相手として孤独に稽古するのが、彼女の習わしであったゆえ、撥の強くなるは自然である。

その孤独は哀愁を踏み破って、野生の意力を宿していた。

幾分下地があるとは言え、複雑な曲を音符で独習し、譜を離れて弾きこなせるまでには、強い意志の努力が重なっているにちがいない。

島村には空しい徒労とも思われる、遠い憧憬とも哀れまれる、駒子の生き方が、彼女自身への価値で、凛と撥の音に溢れ出るのであろう。

(中略)

三曲目に都鳥を弾きはじめた頃は、その曲の艶な柔らかさのせいもあって、島村はもう鳥肌立つような思いは消え、温かく安らいで、駒子の顔を見つめた。

そうするとしみじみ肉体の親しみが感じられた。

三味線の場面以降、今まで島村の宿に泊まるときは、人目をしのんで夜明け前に帰ろうとしていた駒子が、朝までいるようになります。

それからは泊まることがあっても、駒子はもう強いて夜明け前に帰ろうとはしなくなった。

しかし、いくら親しくなっても二人の関係には将来性はないのです。

あいまいな関係は駒子を苦しめます。

あるひどく冷える夜、駒子は夜十一時近いのに散歩をしようと言ってききません。

島村を荒々しく炬燵から抱き上げて、無理に連れ出そうとします。

「駅まで行くのよ」「つらいわ。ねえ、あんたもう東京へ帰んなさい。つらいわ」
と態度のおかしい駒子に島村は

つらいとは旅の人に深はまり塡りしてゆきそうな心細さであろうか。(中略)女の心はそんなにまで来ているのか

と思い、こう言います。

「実は明日帰ろうかと思っている」

すると今度は「あら、どうして帰るの?」と気まぐれな駒子に、島村は

「いつまでいたって、君をどうしてあげることも、僕には出来ないじゃないか」
と本心を話します。

駒子は「それがいけないのよ。あんた、それがいけないのよ」と取り乱します。

このままずるずると関係を続けていてはいけないと思ったのでしょう。

島村は翌日の午後ついに帰ることにしました。

駒子に送られて駅まで行きます。

島村と駒子が駅で列車を待っていると、葉子が慌てた様子で駆けてきます。

葉子は行雄が危篤だと伝えます。

葉子が駒子に早く家に戻るように言いますが、駒子は「お客さまを送ってるんだから、私帰れないわ」と冷たい態度です。

島村は驚いて、駒子に家に戻るように促しますが、駒子は聞き入れません。

葉子は島村に駒子が家に帰るように仕向けてくれ、と懇願します。

島村は葉子を「あの車で、今すぐ帰しますから、とにかくあんたは先きに行ってたらいいでしょう」となだめると葉子は帰っていきます。

島村は駒子に自分を送ったらすぐに帰るように言い含めたのち、駒子と別れて列車に乗ったのでした。

時間がたって季節は夏の終わりになります。

島村はまた駒子に会いに温泉街に向かう列車に乗っています。

島村を見た、駒子は「あんた、なにしに来た。こんなところへなにしに来た」と怒ります。

島村は駒子に二月十四日の鳥追いの祭りに来ると約束したのですが、それを守らず、ずっと後の秋になってやっときたのです。

駒子は二月は実家に帰っていたのですが、島村が来ると思ってわざわざ十四日に帰ってきていたのでした。

行雄は島村と駒子が駅で別れてから、間もなく亡くなったそうです。

また彼女の踊りと三味線の師匠も肺炎で亡くなりました。

駒子はいま師匠の家ではなくて置屋に住んでいます。

島村は来るたびに駒子の境遇が変わっている、と思います。

島村がであった時は、師匠の家に住む半玄人だった駒子は、島村が二回目にこの町を訪れたときは芸者になっていました。

その時は師匠の家に住んでいたのですが、今は師匠が亡くなったので置屋に住んでいるのです。

このように駒子の身分や住む場所が、島村が来るたびに変わっているのでした。

駒子によると、葉子は行雄の墓参りばかりしているそうです。

島村は駒子に行雄の墓参りを行こうと誘いますが、駒子はいやがります。

駒子は師匠の墓参りも行ったことがないそうです。

島村が不思議がると
「生きた相手だと、思うようにはっきりも出来ないから、せめて死んだ人にははっきりしとくのよ」と意味深です。

島村は今度の滞在ではたびたび葉子に遭遇します。

島村は次第に葉子にも惹かれるようになります。

あるとき島村は葉子と二人で話す機会を得ます。

葉子が言うことは「駒ちゃんはかわいそうだからよくしてあげてください」
「駒ちゃんが憎い」
「東京に連れて行ってください」(しかし葉子は東京に行ってなにをしたいというあてがあるわけではない)、といったもので、まるで脈略がありません。

最後に涙を流しながら、「駒ちゃんは私が気ちがいになると言うんです」と言ったのち、行ってしまいます。

しかし島村はまもなく葉子が風呂の中で歌っているのを聞き、驚きます。

島村が駒子に葉子の異常さを話すと、駒子はふざけているのか本気なのか、島村に、葉子の世話(つまり葉子を愛人にしてくれ)と言います。

島村はある日、駒子の街の近くにある縮の産地に行きます。

島村は夏は縮を着るのが好きなので、縮が作られている町に興味を持ったようです。

その町からの帰り道、島村は駒子に出くわします。

島村の乗った車に飛びついてきた駒子に危ないじゃないか、とたしなめていると、半鐘が鳴り出しました。

どこかで火事が起きたようですです。

火の手が下の村の真中にあがっているのが見えました。

場所は繭倉で、今晩は映画館になっています。

人が大変集まっているはずです。

島村と駒子は繭倉めがけて走ります。

火事場めがけて走る二人が空を見上げると満点の星空です。

天の河の美しさに二人は感嘆します。

二人が繭倉にたどり着きます。

消火活動で忙しい中、繭倉の二階から人が落ちてきます。

まるで人形のような不自然な落ち方をしたその人は葉子でした。

acworksさんによるイラストACからのイラスト