ひとしきり揺れると小虎はぴたりと止まった。
私は奥を覗き込んだ。
小虎の正面に、
お婆さんがいた。
上下そろいのツイード風のグレーの服を着ている。
襟元にはスカーフをあしらい、
髪はぴっちりお団子に纏められていた。
顔は長細く上品な感じである。
「息子さんにもっと気を使ってさしあげなさい、
大変親孝行な息子さんです」
小虎は大人みたいな口調でいった。
お婆さんが小虎が偉い人であるかのようにうやうやしく言った。
「わかりました、
それで今年こそ息子は結婚できるでしょうか?」
小虎は手を合わせて、
しばらく黙想していた。
かっと目を開いて言った。
小虎の瞳は今にも飛び出しそうに溌剌としていた。
「お庭に柿の木があるでしょう。
あれを毎日息子さんに食わせなさい。
種はすりつぶして、
お味噌汁に入れて飲ませなさい。
息子さんが好きなトマトジュースでも結構です」
お婆さんは、
手を合わせて小虎に向かって頭を垂れた。
時代劇で見たことがある土下座みたいだった。
「お便所行ってくる」
小虎はやおら立ち上がると、
鼻歌を鳴らしだした。
奥にトイレや洗面所のある廊下をスケートのようにすいすい歩く。
私がいた部屋を覗きこんだ。
「あっ、スグル君」
猫ちゃんのとこ行こうねえ!
と私の手を握った。
奥からお婆さんと良子がやってきた。
玄関で二人は熨斗袋を相手に押し付けあっている。
良子は、
本当にワタクシは小虎のこういう事ではけっしてお金はいただかないことにしていますので、
と必死の形相をしている。
熨斗袋を持ったしわくちゃの手の、
手首を掴んで、
お婆さんのお腹に向かって押し付けている。
お婆さんは根負けした様子で、
熨斗袋を黒い横長のハンドバッグに入れる。
深ぶかとお辞儀をすると帰って行った。