ヤマトタケルと姫は見つめ合っては抱き合い、
抱き合っては見つめ合いながら船の尾へ移動した。
姫が先ほど持衰《じさい》が海へと蹴飛ばされた船の最後尾に立った。
黒子が床にマットを敷いた。
姫は水泳の飛び込みのように両手を合わせて顔の前においた。
目の前の床を真剣な眼差しで眺める。
二人の男が姫のまとった薄絹を広げるように持っている。
姫が飛び上がる。
男が薄絹を手から離した。
オトタチバナヒメに扮した美登利は空中に浮かび上がった。
薄絹が水に溶ける寸前の色水のように空気の中を泳いでいる。
スポットライトが彼女を照らしていた。
青と黄色と赤の混じりすぎて何の色ともいえない不思議な色だ。
「わがあつまあよおお!」(我妻よ!)
ヤマトタケルが絶叫して、
空気が抜けたように膝を突いて倒れこんだ。
気絶してしまったらしい。
周りの男たちが介抱をしている。
美登利は飛び上がって間もなく
三人の黒子に宙で体を支えられた。
黒子は美登利を床に敷かれたマットの上に腹ばいの形で置いた。
二人の黒子が美登利を乗せているマットを床を滑らせて、
舞台袖へと引っ張っていった。
波の音は穏やかになり、
雷様と青い布を翻していた黒子も退場した。
大波の背景がぺらりとはがれる。
ぱたりと白い裏側を見せて床に落ちた。
黒子がそれを片付ける。
後ろから現れたのは見慣れた白砂神社から見える海景色だった。
漁船が沖に並んでいる。
夕凪の時に撮影したらしい。
オレンジがかった空を背景にした海には一つの波立ちも無い。
陽気なお神楽が始まった。
気絶していたヤマトタケルが立ち上がった。
男達と一緒に舞台の前面にでてきてぺこりとした。
優しい笑顔のヤマトタケルはいつもの直人さんだった。
続けて美登利と持衰《じさい》が舞台の左端から現れて
また観客に挨拶した。
最後に黒子たちが出てきてお辞儀をすると、
緞帳が下がり始めた。
出演者達は舞台右袖へと退場していく。
周囲の人達は芝居の感想を言いあっている。
親は子供にあらすじを書いた紙を見せて、
歌の意味の注釈をしている。