『小虎』第13章 弟橘姫入水【フリー朗読(声劇)台本として利用可】

1人用声劇台本まとめページ

ヤマトタケルと姫は見つめ合っては抱き合い、
抱き合っては見つめ合いながら船の尾へ移動した。

姫が先ほど持衰《じさい》が海へと蹴飛ばされた船の最後尾に立った。

黒子が床にマットを敷いた。

姫は水泳の飛び込みのように両手を合わせて顔の前においた。

目の前の床を真剣な眼差しで眺める。

二人の男が姫のまとった薄絹を広げるように持っている。

姫が飛び上がる。

男が薄絹を手から離した。

オトタチバナヒメに扮した美登利は空中に浮かび上がった。

薄絹が水に溶ける寸前の色水のように空気の中を泳いでいる。

スポットライトが彼女を照らしていた。

青と黄色と赤の混じりすぎて何の色ともいえない不思議な色だ。

「わがあつまあよおお!」(我妻よ!)

ヤマトタケルが絶叫して、
空気が抜けたように膝を突いて倒れこんだ。

気絶してしまったらしい。

周りの男たちが介抱をしている。

美登利は飛び上がって間もなく
三人の黒子に宙で体を支えられた。

黒子は美登利を床に敷かれたマットの上に腹ばいの形で置いた。

二人の黒子が美登利を乗せているマットを床を滑らせて、
舞台袖へと引っ張っていった。

波の音は穏やかになり、
雷様と青い布を翻していた黒子も退場した。

大波の背景がぺらりとはがれる。

ぱたりと白い裏側を見せて床に落ちた。

黒子がそれを片付ける。

後ろから現れたのは見慣れた白砂神社から見える海景色だった。

漁船が沖に並んでいる。

夕凪の時に撮影したらしい。

オレンジがかった空を背景にした海には一つの波立ちも無い。

陽気なお神楽が始まった。

気絶していたヤマトタケルが立ち上がった。

男達と一緒に舞台の前面にでてきてぺこりとした。

優しい笑顔のヤマトタケルはいつもの直人さんだった。

続けて美登利と持衰《じさい》が舞台の左端から現れて
また観客に挨拶した。

最後に黒子たちが出てきてお辞儀をすると、
緞帳が下がり始めた。

出演者達は舞台右袖へと退場していく。

周囲の人達は芝居の感想を言いあっている。

親は子供にあらすじを書いた紙を見せて、
歌の意味の注釈をしている。

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