鍵を開ける音がした。
私は一目散に玄関の反対に向かった。
お狐様達の間を縫って走る。
引き戸を開ける音がした。
私は物置の影に隠れた。
男の足が見えた。
銭湯のお手洗いにあるような、
茶色のビニールのサンダルを履いている。
のっそりとトドの如く大柄な男だった。
ついさっき飲んだばかりという風の赤ら顔である。
龍の模様が刺繍された黒の光る素材のズボン、
大きな英字で罵り言葉が斜めにプリントされた灰色のスウェットの開襟シャツだった。
太い首から金の喜平ネックレスを下げていた。
指の付け根も金色に輝いていた。
髪の毛は根元が黒い明るい茶色である。
あのいつか良子に塩を撒かれた男だった。
赤ら顔の男はぺたぺたと歩く。
赤いポストの結び付けられた杉の木まで来た。
ポストの後ろを開く。
丸太のような手をポストに入れた。
なんだよう!
まだ来てねえ!
と独り言をいう。
ポケットからタバコとライターを取り出して吸い出した。
吸い終わるとコンチクショウメ!
ゴメンデスムナラ、
ケイサツイラネエンダヨ!
と木の幹に向かってパンチをした。
タバコを足元に投げつける。
上からサンダルを載せてごじごじとする。
クルリと家を向いた。
おうい!
ぼうず!
てめえ青山さんからの郵便知らねえか?!
隠しやがったならぶっ殺すぞ!
このてめえ!
とがなりながら男は玄関から家に入っていった。
私は玄関が閉まった音がするやいなや、
パチンコ玉のように一目散に松並木を走り抜けた。
白い線の引かれた道路に出た。
私はほとんど泣いていた。
道路脇に沿って、
坂道を転げ落ちるように走る。
ぴぴっぴぴっという音がした。
左からバスが降りて来る。
私は全速力でバスに向かった。
乗せてくださあい!
乗せてくださあい!
とむしゃぶりつくように叫び声をあげた。
バスが止まりドアが開いた。
バスに乗っているのはお婆さん一人だった。
筒袖の着物にもんぺをはいていた。
担いで運ぶのであろう。
大きな荷物を脇に置いていた。
車内を見渡すと路線図が見つかった。
太い横線の上の小さな丸の一つに商店街の停留所名を見つた。
私はほっとため息をついた。
バスは延々と緑の道を進み、
最後にはあのうらわびた市街地についた。
バスは海に浮かぶ鬼山橋を渡る。
海は夕陽でそまりオレンジ色だった。
その間を低く海鳥が飛んでいた。