小虎が夢中になっているのは、
幼稚園児用のアンパンマンの絵本だった。
絵本は総カラーで飛び出すしかけもある。
めくると飛び出すように作られたアンパンマンが、
バイキンマンに向かってパンチをしている。
小虎がアンパーンチ!
と拳骨を繰り出した。
私はおかしいと思った。
小虎兄ちゃんにしてはあまりに幼稚だった。
私をからかっているのだろうか?
もう小虎兄ちゃんふざけないでよ!
と私がアンパンマンの本をひったくった時だった。
小虎が一瞬何がおきたかわからないというような顔をした。
目がうるみ出したと思ったとたん、
まるで時雨のように泣き出した。
私は小虎の鳴き声が響く中、
全身を震わせていた。
あの小虎兄ちゃんが幼稚園児向けの本を取られて泣いている。
床屋さんが坊や、
弱い者いじめしちゃだめだよ、
と顔をしかめて私の肩をたたいた。
後ろに島のオバちゃんが立っている。
床屋さんがオバちゃんに不満そうな顔で何か話している。
オバちゃんがしきりに頭を下げている。
向こうから買い物籠を下げた良子がやってきた。
癖のある髪を後ろで銀色のバレッタでまとめて、
それが少し崩れていた。
紺のコートから、
白いシャツ形のブラウスとグレーのカーディガンを覗かせた姿は、
雑多な商店街の中では目だって清楚だった。
しかし、
この前見たときよりも、
やつれて、
老けて見えた。
オバちゃんや床屋さんと少し話した後、
小虎の手を引いて帰っていった。
私に少し顔を向けた。
また元気になったら遊んでね、
と微笑んだ。
私は小虎兄ちゃん変なんだよ、
とたった今起きたことをオバちゃんに話した。
オバちゃんは小虎君、
まだ病気が治っていないそうですよ、
たまに小さい子みたいになっちゃう病気らしいです、
と言う。
私が変そうな顔をすると、
オバちゃんはちょっとお電話、
と言って電話ボックスの中に入った。
少し電話をすると、
出てきた。
誰に電話したの?
と尋ねると、
オバちゃんはお母さんですよ、
さあスグル君、
今から本屋さんに行きましょう!
と言い出した。
何でもドラゴンボールの漫画を本屋にあるだけ、
全部買ってくれるという。
私は最初夢かと思った。
両親は漫画は私に悪影響がある、
という考えだった。
今までどんなに頼んでも、
読ませてくれなかったのである。
愚かな子供は一瞬にして、
小虎のことを忘れた。
お日様に向かい、
ガッツポーズをして飛び上がった。