小説『小虎』第6章 祭りの後(1)

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柔らかいものに包まれていた。

少しざらついた薄いジャージーの布地の下から
暖かい肉の感触が伝わってくる。

目を開けると白地にピンクの水玉模様が見えた。

顔を上げると、
若い女の顎のふっくらとした線が見える。

母の顔が近づいてきておでこで口づけの音がした。

ふくよかな腕が私の体に食い込んだ。

少し緩められる。

頬にキスをされる。

またきつく抱きしめられ頬ずりされる。

ああよかったこと、
よかったこと、
この子には神様がついているんだ、
と私の頭を撫でる。

小虎が水に落ちた夜だった。

磁石に吸い寄せられる砂鉄のように、
人が集まり、
ついには警察がやってきた。

様子を見るために池に近づこうとしたが、
警察に制止された。

家族一同は家に帰った。

風呂に入り、
こたつでお茶を飲む。

一息ついた所で母が大粒の涙を流しはじめた。

そして私を膝に抱き上げると、
夜通し私を離さず、
顔をすりよせる。

ぽんぽんと柱時計が、
夜中の二時を告げた。

祖母が夢子さん風邪引きますよ、
と母の肩にちゃんちゃんこをかけた。

母がまた私に頬を近づける。

水に落ちた小虎を探すために警察が総動員で池を捜索し、
間もなく救出されたそうだ。

引き上げられた時、
小虎は大量の水を飲んでいたと聞く。

顔は蒼白で、
唇に色がなく、
全身が膨らんでいたという。

何度か、
顔をひっぱたいても意識がなく、
心臓マッサージと人工呼吸で息を吹き返したらしい。

私は次の日から、
近所の人から小虎に関する様々な噂を聞いた。

小虎は死にかけている。

いやもう死んでしまった。

四十度以上の高熱をだして生死のはざまにいる。

酸素ボンベで息をつないでいる。

私は不安をかき消すために全速力で、
路地を走り門をくぐると、
玄関をよじ登る。

家中を駆け巡り、
大人達全員に、
小虎兄ちゃん大丈夫だよね!
と確かめたが、
揃って曖昧な返事しかもらえない。

母だけが、
パパの大学の時の先生だった
総合病院の偉いお医者さんが診ていらっしゃるから大丈夫よ!
と言ってくれる。

昼間は母の言葉を信じて、
平気にしていたが、
夜になると、
恐怖が襲ってきた。

毎晩のように、
母の寝床にもぐりこんだ。

寝ている母の胸に顔を埋めて泣きじゃくった。

母は四肢で私をくるむと、
私の足を自分ので挟んで暖める。

それでも甘えたりなくて、
母の乳を口に含んだ。

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