小説『小虎』第13章 弟橘姫入水(1)

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私は胸をどきどきさせながら、
小虎と良子の待つ観客席に戻った。

席に着くと私は直人さんからもらった紙を見た。

「『第三幕 弟橘比売《オトタチバナヒメ》入水』

ヤマトタケルの一行は浦賀から房総半島に渡ろうとした。

ヤマトタケルが小さな海、
と馬鹿にしたため、
海の神の怒りを買い、
暴風雨、
高波が起きた。

后《きさき》オトタチバナヒメが海に身を投げ荒ぶる海を鎮めた。

出展『古事記』。

脚本、
演出 武藤辰之助。

明治四十年五月三日、
白砂神社大祭前夜祭にて
白砂町青年会により
白砂神社拝殿前の野外舞台にて初演。

昭和三十四年白砂神社大祭前夜祭より
台詞を現代風に改訂したものを
上演するようになった」

良子が武藤辰之助の字を指差して、
私の祖父よ、
と嬉しそうな顔をした。

良子さん!
と女の声がした。

「良子さん。ちょっと手伝って下さらない?」

左から小太りの女が突如姿を見せた。

女と少し話し込んだ後、
良子は用事ができてすぐにでも行かなければならなくなったと私に話した。

小虎をお願いね!
と私の肩を軽く叩くと身を翻して
観客席を囲んでいる紅白の垂れ幕の合間に消えた。

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