夏目漱石『坊ちゃん』あらすじ 感想|夏目漱石のおすすめ小説

夏目漱石『坊ちゃん』の主人公

夏目漱石『坊ちゃん』あらすじ

坊ちゃんの子供時代

坊ちゃんはもと旗本の家系の江戸っ子。
親譲りの無鉄砲で子供の頃から事件ばっかり起こしています。
小学生の時同級生の一人に「いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい」と言われたのが悔しくて、学校の二階から飛び降りたことがありました。
またこんなこともありました。
親類から貰った西洋製の刃が綺麗なナイフを友達に自慢したら、刃は綺麗だけど、切れそうもないと言われてしまいました。
坊ちゃんは悔しくて、「切れぬことがあるか、何でも切ってみせる」と受けあいます。
友達はそんなら君の指を切ってみろと言った。
主人公は「なんだ指ぐらいこの通りだ」と本当に指を切ってしまいました。
ほかにも畑を荒らしたりといろいろ悪戯をやったそうです。
坊ちゃんのお父さんは坊ちゃんをちっとも可愛がってくれませんでした。
しかも坊ちゃんを見るたびに「こいつはどうせろくなものにならない」と言います。
お母さんは坊ちゃんのお兄さんばかりひいきします。
お兄さんは坊ちゃんに言わせれば「やけに色が白くって、芝居の女形の真似をするのがすきなやつだった」とか。
お母さんは、坊ちゃんは乱暴もので行く先が案じられるといつも言っていました。
お母さんが亡くなる2,3日前、坊ちゃんは台所で宙返りをしてへっついの門であばら骨を打ちました。
お母さんが怒って「お前のようなものの顔は見たくない!」と言ったので、坊ちゃんは親戚の家に泊まりに行きます。
親戚の家に泊まっているときにお母さんが亡くなったという知らせがきました。
帰ってくると坊ちゃんは、お兄さんに「お前は親不孝だ、お前の為におっかさんが死んだんだ」と言われます。
坊ちゃんは悔しかったからお兄さんの横っつらをぶって大変に叱られます。
その後は主人公は、お父さん、お兄さんと三人暮らしをした。
清という年老いた女中さんも一緒でした。
お父さんは坊ちゃんを見るたびにおまえは駄目だ駄目だと口癖のように言います。
父親の愛情を受けられないばかりか、坊ちゃんはたった一人の兄とも仲が悪いのです。
坊ちゃんによれば「兄は元来女のような性分で、ずるい」らしいです。
お互いに性格が合わなくて、相手が悪く見えるのでしょう。
十日に一度ぐらいの割合で喧嘩をしていました。
あるとき将棋をしたら、お兄さんが卑怯な待駒をして(卑怯というよりテクニックなのですが)困っている坊ちゃんを冷やかします。
むかついた坊ちゃんは手に持った駒をお兄さんの眉間にたたきつけました。
お兄さんの眉間が割れて血がでました。
お兄さんがそれをお父さんに言いつけると、お父さんは坊ちゃんを勘当すると言いだします。
その時泣きながらお父さんに誤って坊ちゃんをかばってくれたのは、昔から坊ちゃんの家で奉公している清という老女でした。
両親にも愛されない、お兄さんとも犬猿の仲。
そんな坊ちゃんを唯一可愛がってくれたのはこの清でした。
清は坊ちゃんに「あなたは真っ直ぐでよい御気性です」とほめてくれます。
清は自分の小遣いで坊ちゃんにおやつを買ってあげたり、靴下や鉛筆や帳面を買ってあげたり……
お金をくれたこともありました。
しかももらったお金を便所に落としたら、清が苦労して拾って洗って、綺麗なのと交換までしてくれたのです。
坊ちゃんが大好きな清は坊ちゃんが将来立身出世すると固く信じています。
坊ちゃんは世間的には出来の悪い少年ですから、全く根拠はないのですが……
清は坊ちゃんは将来立派な玄関のある家をこしらえる偉い人になると確信していて、家をどこに建てるか、また間取りまで考えているのでした。
お母さんが亡くなってから6年目にお父さんも亡くなりました。
丁度それから4か月後に坊ちゃんは中学校を卒業し、その2か月後に坊ちゃんのお兄さんも商業学校を卒業しました。
お兄さんは就職口が決まっていて九州に行きます。
お兄さんは家屋敷を含む遺産をすべて売り払いました。
九州に行く前にお兄さんは坊ちゃんに600円を渡して、これを資本にして商売するなり、勉強するなり好きにしたらいいと告げます。
清には退職金を渡して暇を出しました。
清は甥の家に世話になることになりました。
さて坊ちゃんは兄から600円をもらったわけですが、これを学資にして物理学校に入ることにしました。
それは特に物理が勉強したかったというわけではありません。
「商売をしたって面倒くさくて旨く出来るものじゃなし、学問はもともとどれも好きではないが、特に語学とか文学は真っ平ごめんだ」と考えているときに、たまたま物理学校の前を通ったら生徒募集の広告が出ていたから……」という消去法かつ出たとこ勝負な理由でした。
3年間、物理学校で学びますが、成績はいつも下から数えた方がはやいのでした。
しかし何とか卒業します。
卒業してから8日目に物理学校の校長から呼び出しがかかり、なんだろうと思って出かけたら仕事の紹介でした。
「四国のある中学校で数学の教師が要るのだよ、月給は四十円だが、行ってみる気はあるかい?」
坊ちゃんは教師になろうなんて考えたことは一度もないのですが、他に何をしたいと言うあてもないのでした。
そこで校長にこう言われると「行きましょう」と即答しました。
そんなわけで生まれてから東京以外は鎌倉以外には行ったことのない坊ちゃんは、はるか四国に行くことになったのです。
四国に出かける3日前に坊ちゃんは清を訪ねます。
世話になっている甥の家で、清は北向きの三畳間で風邪をひいて寝ていました。(冷遇されてるということですね)
清は坊ちゃんの姿を見て起きるなり「坊ちゃんいつ家をお持ちなさいます?」と尋ねます。
清は学校を卒業すればお金が自然とポケットの中に湧いてくると思っているようです。
四国に行くと告げたら清はがっかりした様子。
坊ちゃんが清に「夏には帰る、お土産は何がよいか?」と尋ねると越後の笹飴が欲しいとか、四国は箱根のさきですか?手前ですか? とまるで漫才みたいな会話になりました。
いよいよ出立の日には清が朝からやってきて、いろいろと荷造りを手伝ってくれました。
列車に乗った坊ちゃんがプラットフォームの清を見ると目に涙をいっぱいためています。
坊ちゃんも思わずほろりとしてしまいそうでした。

赤シャツ 野だいこ うらなり君 山嵐 個性的な先生たち

場面は変わり海の上となります。
汽船が止り、はしけがやってきました。
赤い褌を締めた男が漕いでいます。
坊ちゃんは野蛮な所だと思います。
沖から村を眺めて坊ちゃんの第一感想は「大森ぐらいの漁村だ」でした。
岸について通りかかった子供に中学校の場所を聞いても知らないといいます。
困っているとどこからか案内が来て宿に案内してくれました。
宿に荷物を預けると中学校に向かいます。
宿の近くの駅から電車に乗って5分で降りて、そこから人力車に乗って、中学校につきましたが、放課後で誰もいないのです。
仕方がないので今度は電車に乗らずに人力車で学校から宿屋に戻りました。
宿屋に戻り案内されたのは階段の下の狭くて暑い部屋。
もっとよい部屋を紹介しろと言ってもふさがっていると言います。
しかし風呂上りにほかの部屋を覗くともっと広くていい部屋ががらがらです。
どうやら茶代(チップ)を上げなかったことと、身なりがみすぼらしいために、こんな冷遇となったようです。
馬鹿にされたくない坊ちゃんは次の朝、宿の人にチップを沢山渡してから学校に出かけます。
登校中の生徒たちを見ると坊ちゃんより背が高くて強そうなのがいます。(当時の中学生の年齢は今でいえば高校生ぐらい、ちなみにみんな男子生徒です。中には大人顔負けの体格の生徒もいるのでしょう)
坊ちゃんはちょっと怖気づきます。
校長に挨拶に行きます。
校長は薄髭のある、色の黒い、目の大きな狸のような男。
やけにもったいぶった感じです。
校長は坊ちゃんに教育の精神について長々と語ります。
「生徒の模範になれ、一校の師表と仰がれなくてはいけない、学問以外に個人の徳化を及ぼさなくては教育者になれない……」
坊ちゃんはそんな偉い人が月給40円ではるばるこんな田舎にくるものか!と思います。
坊ちゃんが「到底あなたのおっしゃる通りにできそうにありません。僕は辞めます」と言います。
校長は驚いて「今のはただの理想である。あなたが希望通りにできないのは知っているから心配しなくてもいい」と笑います。
その後坊ちゃんは学校の先生一人一人に挨拶します。
坊ちゃんの職場となった中学校の先生を紹介しましょう。
坊ちゃんは先生たちにあだ名をつけたので、あだ名で紹介します。

赤シャツ

教頭、文学士。
女のような優しい声を出す。
暑いのにフランネルの赤いシャツを着ている。
彼は年がら年中赤いシャツを着ているらしい。
本人に言わせると、赤いシャツは健康によいかららしい。

野だいこ

画学教師。
赤シャツの腰ぎんちゃく、太鼓持ち。
坊ちゃんと同じく江戸っ子だけど下品で軽薄な感じで、坊ちゃんとしては一緒にされたくないと思っている。
「……でげす」という口調。

うらなり君

英語教師。
顔色が悪いが太っている。
あだ名の由来は昔、坊ちゃんの同級生の父親が彼と同じ顔色だった。
坊ちゃんが清にどうしてあんな顔色なんだ? と聞くと、清があの人はうらなりの唐茄子ばかり食べるから、蒼くふくれるんです、と教えてくれた。
それで彼のあだ名はうらなり。
士族の出の上品な大人しい人。
坊ちゃんに「君子」と言われる。
山嵐
坊ちゃんと同じく数学教師。
逞しい毬栗坊主で、叡山の悪僧というべき面構え。
数学の主任で坊ちゃんの上司。
以上、坊ちゃんの中学の先生たちの紹介でした。
皆とあいさつをすると、坊ちゃんのその日の仕事はもう終わり。
坊ちゃんは学校から出ると、町を歩きます。
小さな町ですぐに町の探索は終わってしまい宿に戻ります。
出かける時に奮発したチップが効いたのか、今までとはうって変った広い部屋に案内してもらえました。
いい部屋に通してもらっていい気分のぼっちゃんは清に手紙を書きます。
きのう着いた。
つまらん所だ。
十五畳の座敷に寝ている。
宿屋へ茶代を五円やった。
かみさんが頭を板の間へすりつけた。
夕べは寝られなかった。
清か笹飴を笹ごと食う夢を見た。
来年の夏は帰る。
今日学校へ行ってみんなにあだなをつけてやった。
校長は狸、教頭は赤シャツ、英語の教師はうらなり、数学は山嵐、画学はのだいこ。
今にいろいろなことをかいてやる。
さようなら
これでも坊ちゃんに言わせれば奮発して長いのを書いたのだとか……
手紙を書いてしまった後、いい気分で昼寝していると「この部屋かい?」という大きな声がして入ってきたのは数学の主任の山嵐でした。
授業の打ち合わせをした後、彼の紹介で下宿先が決まりました。
さっそく明日から移ることになりました。

授業が始まった

さて授業が始まりました。
今まで学生だった坊ちゃんにとっては「先生」と言われるのは変な気分です。
たくましい男子学生40人の前に立って緊張気味の坊ちゃん。
坊ちゃんはどちらかというと小柄で華奢なようです。
何とか平気なふりをして講義をしていると、ある学生が、
「あんまり早くて分からんけれ、もちっと、ゆるゆる遣って、おくれんかな、もし」
と言います。
また、他の学生が坊ちゃんに幾何の問題の解答方法を聞きますが、難しくて坊ちゃんにはわかりません。
冷や汗を流しながら
「わからない、この次教えてやる」
と言うと、生徒たちがわあ! 出来ん出来ん、と囃し立てます。
坊ちゃんは
「べらぼうめ、先生だって出来ないのはあたりまえだ。そんなものが出来るくらいなら四十円でこんな田舎へくるもんか」
と捨て台詞を残して、教師の控所へ向かいました。
教師ははたで見るほど楽じゃない、と思いながら下宿に帰ってくると、下宿の亭主(骨董屋です)が骨董を勧めてきます。
もちろん坊ちゃんは骨董にまったく興味なし。
俺はそんな呑気な隠居のやるようなことは嫌いだと断ります。
坊ちゃんは毎日学校に通い、終われば下宿に帰ってきます。
仕事が嫌になればやめればいいと考えているので、それほど自分の評判や人間関係に思い悩むこともありません。
しかし下宿では下宿の亭主がしつこく骨董をすすめてくるのでそれが嫌でたまりません。
そのうち学校も嫌になりました。
ある日坊ちゃんは蕎麦屋を見つけて入ったのですが、そこに学校の生徒がいました。
何気なく挨拶をした後、坊ちゃんは天ぷら入りそばを四杯たいらげました。
次の朝学校に行くと、黒板にでかでかと「天ぷら先生」と書いてあります。
生徒たちが坊ちゃんの顔をみてわあ! と笑います。
坊ちゃんが
「天ぷらを食っちゃ可笑しいか?」
と聞くと、生徒の一人が
「しかし四杯はすぎるぞな、もし」
と言いました。
その教室での授業をすませ、休み時間の後、次の授業の教室に入りました。
今度は黒板に「天麩羅四杯なり。但し笑うべからず」と黒板に書いてあります。
その授業も終わり別の教室に入るとまた天麩羅関連のことが黒板に書いてあります。
坊ちゃんはすっかり腹をたててしまいました。
それから4日して坊ちゃんは遊郭の近くの団子屋で団子を2皿7銭で食べました。
翌日学校に行くと黒板に「団子二皿七銭」「遊郭の団子旨い旨い」と書いてあります。
また坊ちゃんはこの町に来てから、毎晩温泉に行っていたですが、その時に赤く染まった手拭いを首にかけていました。
それで生徒たちの坊ちゃんの呼び名が「赤手拭い」になってしまいました。
また坊ちゃんはいつも温泉で泳いでいたのですが、ある日から銭湯に「湯の中で泳ぐべからず」と札が貼ってありました。
坊ちゃんの知る限り、湯の中で泳いでいるのは、自分だけだったので、坊ちゃんは俺のことを言っているのかな? と思いました。
そして翌日学校に行くと黒板に「湯の中で泳ぐべからず」と書かれています。
自分の行動が見張られているようで坊ちゃんはうんざりしてしまいます。

宿直の日の事件

坊ちゃんの中学校では職員が交代で宿直をやっていました。
坊ちゃんにもその番が回ってきます。
坊ちゃんは寄宿生たちと同じまかないの夕食を食べましたが、時刻はまだ4時。
寝るには早すぎるので温泉に行きます。
途中で校長と山嵐に会いました。
宿直は本当は出歩いてはいけないので、二人は坊ちゃんを批判しますが、坊ちゃんはどこ吹く風。
宿直部屋に戻り寝ようとすると、何かが足に飛びつきました。
驚いてケットをはがすと、布団の中からバッタが5,60匹飛び出してきました。
バッタの退治には30分もかかり、その後はさらに掃除までしなければいけませんでした。
掃除の後、寄宿生を呼び出して悪戯を叱ろうとした坊ちゃん。
しかし出てきた寄宿生たちは平気な顔をしています。
「なんでバッタなんか、おれの床の中へ入れた」と聞けば、寄宿生は落ち着いた様子で「バッタた何ぞな」
坊ちゃんがバッタの死骸を生徒に見せ「バッタたこれだ、大きなずう体をして、バッタを知らないた、何の事だ」というと、生徒は「そりゃ、イナゴぞな、もし」
生徒たちは「イナゴは温い所が好きじゃけれ、大方一人でおはいりたのじゃあろ」といつまでたっても悪戯を認めません。
坊ちゃんはむかむかしながらも生徒たちを帰して床に就くと、頭の上でどんっと足拍子がします。
3,40人はいそうで、二階の床が落っこちるほど激しく、どん、どんと床板を踏み鳴らす音がしたのでした。
それとともにわあっという生徒たちの声も聞こえます。
「静かにしろ!」とどなりながら声と音をさがして走り回っているうちに坊ちゃんは怪我をしてしまいます。
ついに生徒を捕まえて詰問しますが、だれも反省の色をみせません。
この騒動が校長にも伝わりますが、校長は厳しく生徒を罰しようともせずに、坊ちゃんに「あなたもさぞご心配でお疲れでしょう」と言っただけでした。

坊ちゃん釣りに行く

坊ちゃんは教頭の赤シャツに沖釣りに誘われます。
赤シャツの子分の野太鼓も一緒です。
坊ちゃんは釣りに興味はないのですが、いつもながらの「相手に馬鹿にされたくない」という動機から同行することになりました。
舟に乗って沖に出ます。
文学士の赤シャツは釣りの合間に横文字の言葉をいいます。
「ターナー」「ロシア文学」「マドンナ」等。
「マドンナ」という女性の話をする二人の会話を聞いて坊ちゃんは「マドンナ」とは赤シャツのなじみの芸者だろう、と思います。
赤シャツと野だいこの会話は坊ちゃんには意味が分からないものが多く坊ちゃんは不機嫌になります。
野だいこは赤シャツをしきりに持ち上げ、また赤シャツの言うことにすべて同意します。
三人ともあまりたいした魚は連れません。
釣りにあきた坊ちゃんが仰向けになり、空を眺めていると、二人はひそひそ。
聞き耳を立てると、「知らないんですから……罪ですね」「バッタ……」「天麩羅……」「団子……」「堀田が(山嵐の本名)……」「……煽動して」
とか意味ありげな単語が聞こえてきます。
帰り際に赤シャツと野だいこは坊ちゃんに「君、注意しないといけませんよ、いろいろな事情があってね……君も腹が立つかもしれませんか辛抱してくれたまえ。けっして君のためにならないような事はしないから」
坊ちゃんが事情とは何かと尋ねれば
「それが少し込み入っているんだが、まあだんだん分かりますよ。僕が話さないでも自然と分かって来るです」
と意味深なことをいいますがはっきりとは話してくれません。
赤シャツはホホホと笑ってこう言います。
「無論悪わるい事をしなければ好いんですが、自分だけ悪るい事をしなくっても、人の悪るいのが分らなくっちゃ、やっぱりひどい目に逢うでしょう。世の中には磊落らいらくなように見えても、淡泊なように見えても、親切に下宿の世話なんかしてくれても、めったに油断の出来ないのがありますから……。(後略)
下宿の世話をしてくれたのは数学の主任の山嵐です。
山嵐がなにか怪しいのでしょうか?
彼が生徒を煽動してあんな事件を起こしたのでしょうか?
山嵐は生徒たちに一番慕われている教師ですからやろうと思えばできそうです。

山嵐は悪いやつ? それともいいやつ?

坊ちゃんは赤シャツと野だいこの言葉を思い出します。
山嵐が生徒たちを煽動して自分にあんな悪戯をさせたのだろうか?
それならあいつと仲良くするのはよそう。
坊ちゃんは出勤初日に山嵐に氷水を奢ってもらったのですが、そんなやつに借りを作ったままにしたくない! と思います。
氷水の代金一銭五厘を帰そうと思って翌朝、お金を握りしめて、学校に行きます。
山嵐にお金を返そうとした時でした。
山嵐は憤然とした様子で別の話題をだします。
坊ちゃんに下宿を出てほしいというのです。
なんでも下宿先の主人が乱暴者の坊ちゃんを不満に思っているらしい。
坊ちゃんがおかみさんに足を拭かせたとか……
でも坊ちゃんはそんなことをした覚えはありません。
その日は教師がみな集まっての会議となりました。
議題は坊ちゃんに悪戯をした生徒たちの処分です。
坊ちゃんは生徒たちが自分に謝るか、そうでなければ辞職してやる! と言う考えでした。
しかし大部分の教師たちは「寛大にしましょう。厳しく罰せばかえってよくない」というものでした。
それに悪いのは生徒たちだけではない、教師や学校も悪いのだ……と言います。
その中たった一人「悪いのは100%、生徒たちだ、厳しく罰して、坊ちゃんに謝らせるべきだ」と言ったのは山嵐でした。
結果として悪戯をした生徒たちは一週間の外出禁止、そして坊ちゃんの前に出て謝ることになりました。
会議の最後に赤シャツはこんなことを言います。
「教師は社会の上流に属する人間だから行動もそれに伴っていないといけない。
たとえば蕎麦屋とか団子屋のような下等なところに出入りすべきではない。
食べ歩きのような下等な趣味ではなく、それより釣りをしたり、新体詩を作ったり、文学に触れたりなどの精神的な娯楽を楽しむべきである」
むっとした坊ちゃんは赤シャツに「マドンナと会うのも精神的娯楽ですか?」と尋ねます。
赤シャツは黙りますが、うらなり君(英語教師)は青くなります。

下宿を変える

坊ちゃんは山嵐に言われた通り骨董屋の下宿を出ます。
適当に歩いて下宿が見つかったらそこに住むことにしよう、と街をあてどもなくぶらぶらします。
行きついた場所は鍛治屋町という士族屋敷の多い地域。
下宿は見つかりそうにありませんから、近所に住んでいる、英語教師のうらなり君に紹介してもらうことにしました。
うらなり君に紹介してもらって新しい宿に落ち着きました。
士族の老夫婦の家でしたが、彼らは家の広さの割に人が少ないので誰かに貸したいと思っていたのです。
ある日坊ちゃんは、下宿先の老夫人から赤シャツが言っていた「マドンナ」という女性の正体を聞きます。
「マドンナ」は芸者ではなく、この近所に住む、遠山家という良家のお嬢さんでした。
近所では一番の別嬪なのですが、なんとうらなり君の許嫁だったのです。
ところが昨年うらなり君の父親が亡くなってから、うらなり君の家の暮らし向きが思わしくなくなり、結婚がのびのびになりました。
其処へ赤シャツが遠山家に是非マドンナをお嫁にほしいと結婚を申し込んだのです。
遠山家はうらなりの家との約束があるのであいまいな答えをしたのですが、赤シャツは遠山家に出入りして、マドンナと仲良くなってしまいました。
(ただたんに仲良くなったたのか、恋愛関係になったのかははっきりしません。ともかくマドンナは今はうらなり君より赤シャツと結婚したいと考えるようになってしまったわけです)
山嵐が許嫁を取られたうらなり君をかわいそうに思って赤シャツに意見しに行きました。
赤シャツは「別に自分はマドンナと結婚する気はない、ただ単に遠山家と交際しているだけだ、遠山家と交際したってべつにうらなり君にすまないことはないだろう」と言います。
そう言われては山嵐はそれ以上は何も言えなくなってしまったのですが、それ以来赤シャツと山嵐は仲が悪いのです。

マドンナ

秋の日坊ちゃんは清からの手紙を読んだ後、湯に行くと途中でうらなり君に会います。
うらなり君と会話をしていると、そこに色の白い背の高い美人と、45,6歳ぐらいの母親らしき奥さんが現れました。
美人親子はうらなり君とあいさつしたと思ったら、まもなくそこに赤シャツも現れ、三人で列車の上等の車両に入っていきます。
坊ちゃんはあの背の高い美人がマドンナだと思います。
坊ちゃんも上等の切符を買いましたが、下等の列車に乗ったうらなり君がかわいそうで、上等の切符で下等に乗ったのでした。
坊ちゃんが風呂あがりに町をぶらぶらしていると二人の人影をみました、一人は男で一人は女でした。
坊ちゃんが近づいて行って影の正体を見ると、男の方は赤シャツで女はマドンナでした。
坊ちゃんは、うらなり君の許嫁をたぶらかして奪おうとしている赤シャツはやはり悪いやつでは? うらなり君の為に赤シャツに意見した山嵐はいいやつでは? と考えます。
赤シャツが信用できずに山嵐と仲直りしたいと思いながらも、現実はむしろ逆。
最初の下宿先のことで、坊ちゃんに怒っている山嵐と絶交状態なのに対して赤シャツとは表面的な付き合いをつづけています。
坊ちゃんがそれとなくマドンナのことをちらつかせると、赤シャツは絶対に認めません。
ある日坊ちゃんは赤シャツに呼び出されます。
「君はよくやってくれてる、生徒の成績が前任者の時代より上がっている」みたいなお世辞を言った後、また釣りの帰りの時のように「山嵐を信用しちゃいけない」ということを遠まわしに言います。
そして赤シャツから出た言葉は「今度転任者が一人いるから、君の昇給について校長に相談してあげる」というものでした。
そしてその転任者というのはうらなり君なのです。
うらなり君はこの町出身なのに、なぜだか日向の延岡に行くというのです。
坊ちゃんはなぜここの出身でここに屋敷のあるうらなり君がそんな遠くに行くのだろう、と不思議に思います。
下宿に帰って士族の老夫婦の奥さんから事情を聞きます。
するとこんなわけでした。
うらなり君の家はお父さんが亡くなってから暮らし向きが苦しくて、うらなり君のお母さんが校長先生に息子の給料を少し上げて下さい、と頼んだのです。
すると校長先生が「申し訳ないが、この学校は金が足りなくて息子さんの給料は増やしてあげられない、しかし日向の延岡なら空いた口があって、そこの教師になれば今までより5円多く上げられる。きっと気に入ってもらえるだろうから、もう赴任の手続きをしてしまった」と言うのです。
うらなり君は「遠くにいって給料が増えるより、ここにいて前のままのほうがよい」と断ったのですが、校長は「もう赴任の手続き済みだからどうしても行ってくれ、君の代わりの教師ももう決まっている」と言います。
坊ちゃんはすぐにこれは赤シャツの策略だと気が付きます。
赤シャツはなんてやつでしょう!
マドンナを手に入れるために、許嫁のうらなり君を遠方に追っ払おうとしたのです。
校長がなぜグルになるのかはちょっとわかりませんが……
「こんな理由で俺の月給が上がったって嬉しくもなんともない! いやこんな理由であがった月給なんて受け取れない!」
頭に血が上った、坊ちゃんは、赤シャツの家に押しかけます。
玄関には野だいこの下駄がありました。
奥から「もう万歳ですよ」という野だいこの声が聞こえました。
悪事が思惑どおりにいって「万歳!」というわけでしょう。
坊ちゃんが赤シャツに「月給はいらない」と言います。
赤シャツが理由を聞いたので、坊ちゃんはさっき下宿の奥さんから聞いた話をします。
赤シャツは「いや違う。うらなり君は自分の希望で日向に行くんだ」と言います。
坊ちゃんがそれを信じない様子をみせると、赤シャツは、
あなたのおっしゃる通りだと、下宿屋の婆さんの云う事は信ずるが、教頭の云う事は信じないと云うように聞えるが、そういう意味に解釈して差支えないでしょうか
そう言われると坊ちゃんは何も言えなくなってしまいました。
赤シャツはなんて口がうまいのでしょう!

うらなりくんの送別会

うらなり君の送別会の朝、坊ちゃんと山嵐の友情が復活します。
一度は山嵐は坊ちゃんに「骨董屋の主人が坊ちゃんを迷惑に思っているから出てほしい」と言いました。
しかし最近山嵐は、坊ちゃんが下宿でひどい態度だったというのは、骨董屋の主人がなかなか骨董を買わない坊ちゃんに腹を立てて言った嘘だということを知ったのです。
「君に失礼なことをした」と山嵐は坊ちゃんに謝ります。
坊ちゃんは何とも言わずに、山嵐の机の上に置きっぱなしだった、一銭五厘をとって、自分の財布の中に入れました。
山嵐が不審そうな顔をすると、坊ちゃんは
うんおれは君に奢られるのが、いやだったから、是非返すつもりでいたが、その後だんだん考えてみると、やっぱり奢ってもらう方がいいようだから、引き込ますんだ
と説明しました。
山嵐は大きな声をしてアハハハと笑いました。
これにて二人の友情は復活しました。(二人は先輩、後輩、上司、部下ではなくまったく対等な関係なのですね)
すっかり仲良くなった二人はこんな会話をします。
「君は一体どこの産だ」
「おれは江戸だ」
「うん、江戸っ子か、道理で負け惜しみが強いと思った」
「きみはどこだ」
「僕は会津だ」
「会津っぽか、強情な訳だ。今日の送別会へ行くのかい」
「行くとも、君は?」
「おれは無論行くんだ。古賀さん(うらなり君)が立つ時は、浜まで見送りに行こうと思ってるくらいだ」
授業が終わり送別会に行く前に坊ちゃんは山嵐を家に招きます。
そこで坊ちゃんは今回のうらなり君の転任について自分が知っていることを話します。
また自分が赤シャツに増給を断ったことも話します。
それを聞いた山嵐は坊ちゃんを褒めます。
坊ちゃんは山嵐の力こぶを触ります。
力こぶが固いことや、山嵐の「俺の腕にこよりを巻きつけて、力拳を作るとこよりが切れる」と言う話におおいに感心します。
愉快になった坊ちゃんは今夜の送別会で飲んだ後、赤シャツと野太鼓を二人で殴ってやろうか、と山嵐を誘います。
そんな、心は完全に少年な坊ちゃんに対して山嵐はもう少し大人です。
山嵐は
「今夜はまあよそう。今夜やればうらなり君に迷惑がかかる。それにどうせなぐるくらいなら、あいつらの悪い所を見届けて現場でなぐらなくちゃ」と言います。
送別会ではうらなり君を故意に遠方においやった、校長、赤シャツが「うらなり君がいなくなるのはさびしい」としらじらしい送別の言葉を述べます。
その中、山嵐の送別の言葉はこうでした。
ただ今校長始めことに教頭は古賀君の転任を非常に残念がられたが、私は少々反対で古賀君が一日も早く当地を去られるのを希望しております。
延岡は僻遠の地で、当地に比べたら物質上の不便はあるだろう。
が、聞くところによれば風俗のすこぶる淳朴な所で、職員生徒ことごとく上代樸直の気風を帯びているそうである。
心にもないお世辞を振ふり蒔まいたり、美しい顔をして君子を陥おとしいれたりするハイカラ野郎は一人もないと信ずるからして、君のごとき温良篤厚とっこうの士は必ずその地方一般の歓迎を受けられるに相違そういない
坊ちゃんは心の中で拍手します。
うらなり君は追い出されるのに、校長と教頭に、「月給を上げてくれた、いままでお世話になった」と心から感謝している様子、坊ちゃんは人のよすぎるうらなり君に同情します。
そのうち皆酔っ払って大騒ぎ、そんな中で真面目なうらなり君はかしこまって手持ちぶたさな様子。
どこまでも気の毒なうらなり君でした。
途中で芸者が登場しますが、その一人が赤シャツに挨拶します。
知り合いなのでしょうか? 赤シャツはあわてた様子で逃げていきます。

坊ちゃん生徒たちの喧嘩に巻き込まれる

祝勝会(日露戦争に勝ったお祝い)で授業はお休みです。
練兵場で行われる式に坊ちゃんの学校の中学生たちは参加するのですが、坊ちゃんもついていかなければなりませんでした。
生徒たちは行進して連兵場に向かうのですが、まったく規律がありません。
まるで浪人が町内を練り歩いているようです。
勝手な軍歌を歌ったり、ワーと騒いだり、あいかわらず「天麩羅」とか「団子」とか坊ちゃんをからかう言葉を言っています。
坊ちゃんが嫌だな……と思いながらも生徒たちの行進についていくと、様子がおかしくなりました。
生徒たちを指揮している体操教師に聴くと、曲がり角で坊ちゃんの学校(中学校)と師範学校(中学生と同じ年代の学生が通います)の生徒が出くわして喧嘩になったのだとか……
式が終わったあと、下宿で寝ていると山嵐がやってきました。
山嵐が持ってきた牛肉で鍋料理を始めます。
山嵐は牛肉を食べながら、赤シャツが芸者遊びをすることを話します。
赤シャツは坊ちゃんに、蕎麦屋や団子屋に行くことを禁止する癖に自分は芸者遊びをするのです!
山嵐は赤シャツと芸者が逢引に使う宿屋を知っているのでした。
二人は赤シャツが芸者と宿屋に入ろうとしているところにいって、問い詰めてやろうと考えます。
その宿屋の前に別の宿屋があるので、そこの二階で障子に穴をあけて見張ろうという作戦です。
二人が赤シャツをとっちめる作戦で盛り上がっていると、下宿の奥さんが山嵐を呼びます。
生徒が来て山嵐を呼んでいるのだとか……
山嵐が戻ってきて坊ちゃんに「生徒が一緒に祝勝会の余興を見に行かないかって誘いに来たんだ」と言います。
高知から踊りをする人が沢山来ていて、珍しい踊りをするらしい。
坊ちゃんはあまり興味がわきませんでしたが山嵐が乗り気なので行くことにしました。
しかしその誘いに来た生徒というのが赤シャツの弟なのが少し気になります。
戦勝祝で街は賑やかです。
踊りにあまり期待していなかった坊ちゃんですが、実際に見てみれば踊りは見事ですっかり見入ってしまいました。
あたりが騒がしくなりました。
どうやら中学校と師範学校の生徒が昼間の続きの喧嘩を始めたらしい。
止めようと両校の生徒の中を走り回る坊ちゃんと山嵐。
そこに巡査がくると生徒たちはあっというまに逃げていきますが、坊ちゃんと山嵐だけは残り、巡査に名前とことの顛末を話したのでした。

最後はすっきり

翌朝昨日受けた傷が痛むのに耐えながら起き上った坊ちゃん。
新聞を開くと昨日の中学生と師範学生の喧嘩の記事が掲載されています。
そこにはこんな根も葉もない嘘っぱちが書いてありました。
なんと両校の喧嘩は山嵐と坊ちゃんが煽動したというのです。
学校に行くと教師たちは坊ちゃんをみてにやにやしています。
山嵐は坊ちゃん以上にひどいけがをしています。
教師たちは「もちろん私たちは君たちの潔白を信じている。新聞社には取り消しを申し込み済みだ」と言います。
赤シャツは私の弟が君たちを誘ったがゆえにこんなことになってすまない、と坊ちゃんと山嵐に謝ります。
帰りがけに山嵐は坊ちゃんに、赤シャツは臭いぜ、といいます。
赤シャツが弟を使って二人を喧嘩に巻き込まれるようにしたというのです。
証拠はありませんが、今までの赤シャツのしたことを考えればありえることでした。
翌々日に新聞に小さく取り消し記事が載りましたが、新聞はそれ以上のことはしてくれそうにありません。
校長に行ってものらりくらり適当に交わされます。
それから3日ほどしたある日の午後、山嵐が憤然とした様子でやってきます。
いよいよ時機がきた、おれは例の計画を断行するつもりだ、といいます。
山嵐は校長から辞表を出せと言われたそうです。
新聞に載ったのは同じなのに、坊ちゃんには出されていません。
山嵐は
「それが赤シャツの指金さしがねだよ。おれと赤シャツとは今までの行懸ゆきがかり上到底両立しない人間だが、君の方は今の通り置いても害にならないと思ってるんだ」
坊ちゃんは
「おれだって赤シャツと両立するものか。害にならないと思うなんて生意気だ」
山嵐は
「君はあまり単純過ぎるから、置いたって、どうでも胡魔化されると考えてるのさ」
納得できない坊ちゃんは翌日校長に詰め寄ります。
「なんで私に辞表を出せと云わないんですか」
校長はもっともらしい理由を言いますが坊ちゃんは当然納得できません。
今すぐにでも辞表を出したい思いでしたが、山嵐に止められてひとまずぐっとこらえることにします。
山嵐はいよいよ辞表を出して、いったんは町を去りましたが、すぐに人に知られないように町に引かえします。
その後は例の赤シャツが芸者と逢引する宿屋の向かいの宿屋にこもって見張りを始めました。
坊ちゃんも手伝いますがなかなか赤シャツは現れません。
8日目の夜、坊ちゃんは湯に入った後、町で鶏卵を8つ買いました。
下宿で出される料理が芋ばかりなので、これを食べて栄養バランスをとろうと思ったのです。
坊ちゃんは下宿には帰らず、山嵐がいる宿屋に行きます。
部屋に入ると山嵐がご機嫌で「有望、有望」と言います。
今夜の7時半に赤シャツのなじみの芸者が宿屋に入ったそうです。
赤シャツと一緒ではないのですが、山嵐に言わせれば、「赤シャツは狡いやつだから、念には念をいれて、二人そろって宿屋に入ったりしない。先に芸者に宿屋に行かせて、後から自分が行くだろう」というのです。
夜10時になりましたが赤シャツは現れません。
下の方から人声がしました。
「もう大丈夫だいじょうぶですね。邪魔じゃまものは追っ払ったから」正しく野だの声である。
「強がるばかりで策がないから、仕様がない」これは赤シャツだ。
「あの男もべらんめえに似ていますね。あのべらんめえと来たら、勇み肌はだの坊っちゃんだから愛嬌がありますよ」
「増給がいやだの辞表を出したいのって、ありゃどうしても神経に異状があるに相違ない」
おれは窓をあけて、二階から飛び下りて、思う様打ぶちのめしてやろうと思ったが、やっとの事で辛防した。
二人はハハハハと笑いながら、瓦斯燈の下を潜くぐって、角屋の中へはいった。
ついに赤シャツと野だいこが現れ角屋に入って行ったのですが、今後は二人がでてくるのを待たなければなりません。
朝の5時についに角屋から二人が出てきます。
二人は急いで宿屋を出て二人の後をつけます。
人気のないところにいくと、坊ちゃん、山嵐は、赤シャツ、野だいこをつかまえて、
「教頭の職を持ってるものが何で角屋へ行って泊まった」
「教頭は角屋へ泊って悪わるいという規則がありますか」
と赤シャツ。
「取締上とりしまりじょう不都合だから、蕎麦屋そばやや団子屋だんごやへさえはいってはいかんと、云うくらい謹直きんちょくな人が、なぜ芸者といっしょに宿屋へとまり込んだ」
「芸者をつれて僕が宿屋へ泊ったと云う証拠しょうこがありますか」
「宵に貴様のなじみの芸者が角屋へはいったのを見て云う事だ。胡魔化せるものか」
「胡魔化す必要はない。僕は吉川君と二人で泊ったのである。芸者が宵にはいろうが、はいるまいが、僕の知った事ではない」
確かにこれでは証拠としては不確かです。
坊ちゃんは野だいこに持っていた卵をぶつけます。
野だいこはへなへなと尻もちをつきます。
山嵐は赤シャツに拳骨を食わします。
「これは乱暴だ、狼藉ろうぜきである。理非を弁じないで腕力に訴えるのは無法だ」という赤シャツを山嵐はぽかぽか殴ります。
坊ちゃんも野だいこをぽかぽか。
二人は「おれは逃げも隠かくれもせん。今夜五時までは浜の港屋に居る。警察に訴えたければ訴えろ!」と言った後、二人してすたすたその場を去ります。
坊ちゃんはその後下宿に戻るとすぐ荷作りを始めて下宿を引き上げます。
その後山嵐のいる宿屋に行き、辞表を書くと、校長宛に郵便で出しました。
その後、夜6時の汽船に乗って町を離れました。
宿に警察は来ませんでした。
「赤シャツも野だも訴えなかったなあ」と二人は大笑いしました。
その後坊ちゃんは東京に戻りました。
山嵐とはそれ以来会うことはありませんでした。
その後坊ちゃんは街鉄の技手となりました。
清と一緒に住みます。
安月給で豊かな生活ではありませんが、清は満足そうでした。
しかし清は肺炎にかかってこの世の人ではなくなりました。
清は旅立つ前日、坊ちゃんを呼んでこう言います。
「坊っちゃん後生だから清が死んだら、坊っちゃんのお寺へ埋めて下さい。お墓のなかで坊っちゃんの来るのを楽しみに待っております」

『坊ちゃん』の感想

男の子たちが元気!

「坊ちゃん」を読むと男の子たちのありあまるようなパワーを感じます。
まず赴任先の生徒たち。
今でいえば高校生ぐらいですが、元気ですよね。
新任教師にいたずらしたり、町で別の学校の同年代の学生とぶつかると、喧嘩になったり……
出くわしたたけで喧嘩になってしまうなんてオス猫の縄張り争いと同じですね……
また坊ちゃんが中身はやんちゃな男の子であり、まだ大人になりきっていないことは、この小説のテーマでもあるので、自明なことだと思います。
それに山嵐もまだまだ少年の心を失っていない男性です。
だから坊ちゃんと気が合ったのでしょう。
二人の友情の若々しさ、少年っぽさにちょっとくすりとなってしまいました。
いっぽう赤シャツ、野だいこ、うらなり君あたりはもう完全に大人。
この小説は超要約すれば二人の少年(の心をもった青年)が悪い大人をとっちめて、スカっとしておしまい、という話になります。

坊ちゃんとお婆さんたちの会話

この小説には二人のお婆さんが登場します。
一人は親兄弟に愛されなかった坊ちゃんを唯一可愛がってくれた女中の清。
もう一人は二度目の下宿先の士族の老婦人。
坊ちゃんと二人のお婆さんの会話が漫才みたいでおかしい。

清と

坊ちゃんが四国に行く前に清をたずね……
「何を見やげに買って来てやろう、何が欲しい」と聞いてみたら「越後えちごの笹飴ささあめが食べたい」と云った。
越後の笹飴なんて聞いた事もない。
第一方角が違う。
「おれの行く田舎には笹飴はなさそうだ」と云って聞かしたら「そんなら、どっちの見当です」と聞き返した。
「西の方だよ」と云うと「箱根さきですか手前ですか」と問う。
随分持てあました。

士族の老婦人と

坊ちゃん「赤シャツと山嵐たあ、どっちがいい人ですかね」
老婦人「山嵐て何ぞなもし」
坊ちゃん「山嵐というのは堀田の事ですよ」
老婦人「そりゃ強い事は堀田さんの方が強そうじゃけれど、しかし赤シャツさんは学士さんじゃけれ、働きはある方かたぞな、もし。それから優しい事も赤シャツさんの方が優しいが、生徒の評判は堀田さんの方がええというぞなもし」
坊ちゃん「つまりどっちがいいんですかね」
老婦人「つまり月給の多い方が豪えらいのじゃろうがなもし」
坊ちゃんはユーモア小説としての性質が強い小説です。
とてもひとつひとつは取り上げられませんが、読んでいるとにやにやしてしまう箇所が沢山あります。

秀逸な描写

夏目漱石の作品の特徴といえますが、結構描写が細かいのです。
ストーリーとそれほど直接的に結びつかない詳細な描写がたくさんあり、それがこの小説の半分ぐらいを占めています。
しかしそれはこの記事での「あらすじ」ではほぼ飛ばしてしまっていますので、「坊ちゃん」を味わいたいなら、実際に読むしかないでしょう。
たとえば坊ちゃんが湯屋をでた後町をぶらぶらしていたら、赤シャツとマドンナのデート場面を目撃してしまう場面では、非常に細かく町の地理や夜の街の情景が描かれています。
うらなり君の送別会の酔っぱらいたちの乱れっぷりの描写も見事です。
坊ちゃんと山嵐が先勝祝いの出し物を見に行った時の町の賑わい、高知から来た踊りの描写も一読の価値あり。
ストーリーと直接結びつかない名場面が多く、映画化するのにとてもよさそうな小説です。
そしてその一見ストーリーと関係ない詳細な描写の中に、後の展開に大きくかかわるキーワードが紛れ込んでいるというパターンが多いです。