夏目漱石『夢十夜』 あらすじ 感想|夏目漱石のおすすめ小説

夏目漱石『夢十夜』 あらすじ 感想

第一夜 あらすじ 感想

あらすじ

まさに死のうとしている美女の枕もとにいる主人公。

女は自分はもうじき死ぬと言い張るが、とてもまもなく死にそうには見えないみずみずしさである。

主人公と女はその親しい様子から恋人同士のようである。

しかし主人公の感情は淡々としていて、恋人が死ぬことを悲しむような感情描写はいっさいない。

女は死ぬ前に不思議な遺言を残す。

死んだら、埋めて下さい。

大きな真珠貝で穴を掘って。

そうして天から落ちてくる星の破片を墓標に置いて下さい。

そうして墓の傍に持っていて下さい。

また逢いに来ますから。

(中略)

日が出るでしょう。

それから日が沈むでしょう。

それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。

―赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、―あなた、待っていられますか

女の死後主人公は淡々とその遺言に従う。

感想

ラスト星の出現によって主人公は百年たったと思うが、星の出現と時間の経過の因果関係はよくわからない。

ただ幻想的な情景と繊細な描写が心に残る。

第二夜 あらすじ 感想

あらすじ

主人公は座禅をしている。

座布団の下に手をやるとそこには小刀がある。

主人公はもし悟れれれば和尚の命を奪い、もし悟れなければ自害する予定である。

主人公は侍であるが、和尚にこう言われていたのである。

お前は侍である。

侍ならさとれぬはずはなかろう(中略)そういつまでも悟れぬところをもって見ると、御前は侍ではあるまいと言った。

人間の屑じゃと言った。

ははあ怒ったなと云って笑った。

口惜しければ悟った証拠を持って来いと云ってぷいと向をむいた。

プライドを傷つけられた主人公は侍が辱しめられて、生きている訳には行かない、と考えている。

悟りたい。

しかしなかなか悟れない。

悟って和尚を殺すか? 悟られなくて、自害するか? という両極端な差し迫った雰囲気の中、時計がチーンとなる。

感想

主人公がやっているのは公案という師匠から課題を与えられてそれについて考える修行方法でしょう。

『門』の主人公、宗助もやっていましたね。

悟れず和尚に馬鹿にされれれば屈辱で自害するというのは理解できるのですが、悟ったら和尚を殺す、というのはどういうことなのでしょうね。

和尚はなにか象徴的な「乗り越えるもの」「勝たなければいけないもの」なのでしょうか?

 

第三夜 あらすじ 感想

あらすじ

主人公は盲目の我が子を背負って寂しい道を歩いている。

子供は大人のような言葉付きで、目が見えないにもかかわらず、自分がどこに居るのかわかっている。

またこれから起こることを言い当てる。

「田圃へかかったね」と背中で云った。

「どうして解る」と顔を後ろに振り向けるようにして聞いたら、

「だって鷺が鳴くじゃないか」と答えた。

すると鷺がはたして二声ほど鳴いた。

恐ろしくなった主人公は、子供をどこかに捨ててしまいたいと考える。

森に子供を捨てようとした主人公。

森に行く道、子供は主人公の背中でこんなことを言う。

「もう少し行くと解る。―ちょうどこんな晩だったな」

主人公は子供のがなんのことを言っているのかわからない。

しかしただこんな晩であったように思えてくる。

そしてもう少し行けば分かるように思えてくる。

その分、より恐ろしくなって、子供を捨ててしまいたい気持ちが強くなり、道を急ぐ主人公。

雨が降りだした。

「ここだ、ここだ。ちょうどその杉の根の処だ」
と言う子供。

いつしか森の中に入っていた。

杉の木の前に立っている。

「御父さん(おっとさん)、その杉の根の処だったね」

「うん、そうだ」と思わず答えてしまった。

「文化五年辰年だろう」

なるほど文化五年辰年らしく思われた。

「御前がおれを殺したのは今からちょうど百年前だね」

主人公はこの言葉を聞くや否や、今から百年前文化五年の辰年のこんな闇の版に、この杉の根で、一人の盲人の命を奪ったことを思い出す。

感想

怪談の一種ですね。

前世の命を奪った人と奪われた人が親子として生まれ変わったというわけでしょうか?

子供が話し方が、まったく子供らしくなくて、ふてぶてしいのが面白い。

第四夜 あらすじ 感想

あらすじ

主人公は居酒屋の縁に台のようなところで、不思議な爺さんを見かける。

顔中つやつやとして皺もほとんどないが、白いひげをありたけ生やしているので、年寄りということだけはわかる。

涼み台で酒を飲んでいる爺さんに人が「いくつかね?」と聞けば、「いくつか忘れたよ」と答える。

「家はどこかね?」と尋ねれば、その返答は「臍の奥だよ」。

爺さんが店を出ると主人公も後を追う。

爺さんは少し歩いたところの柳の下で、三四人の子供を見かけると腰から手ぬぐいをだして、細長くする。

地面において笛を吹き始める。

「今にその手拭いが蛇になる」と言って、手ぬぐいの周りを笛を吹きながらぐるぐる回るが、手ぬぐいはいっこうに蛇になる様子を見せない。

爺さんは今度は手ぬぐいを肩からかけた箱の中に入れて、「こうしておくと、箱の中で蛇になる。今に見せてやる」と言いながら歩き出す。

主人公はずっと爺さんの後をついていく。

ついには河岸につく。

それでも爺さんは蛇になった手ぬぐいを見せてはくれない。

爺さんは川の中に入っていき、ついには完全に水の中に沈んでしまう。

主人公は向こう岸で爺さんが上がってくるのを待っていたが、とうとう爺さんはあらわれなかった。

感想

なんとも子供に好かれそうな愉快でかわいいお爺さん。

手ぬぐいがいっこうに蛇にならないところ、ただのペテン師のようですが、最後には怪異を見せてくれました。

いやこれは怪異でもなんでもなく、溺れ死んでしまっただけかもしれません。

第五夜 あらすじ 感想

あらすじ

遠い昔、神代に近い昔(古事記の時代ぐらいだろう)が舞台。

主人公は戦争に負けた男である。

捕虜になって、敵の大将の前にいる。

時間は夜で、篝火の描写が印象的である。

敵の大将は主人公に、降参して生き延びるか、屈服して命を絶たれるかのどちらかを選ぶように迫る。

主人公は屈服して命を絶たれる方を選んだ。

主人公には恋人がいた。

主人公は命を絶たれる前に一目彼女に会いたいと思った。

敵の大将は夜が開けて鶏が鳴くまでなら待ってくれるという。

女は馬にまたがって主人公に会いにくる。

もうスピードで走っているところで鶏の鳴き声がする。

気を散らした女は馬ごと深い淵に落ちる。

鶏の鳴き声はあまのじゃくの声真似だった。

蹄の後はいまだに岩の上に残っている。

鶏のなく真似をしたものは、天探女(あまのじゃく)である。
この蹄の痕(あと)の岩に刻みつけられている間、天探女(あまのじゃく)は自分の敵である。

感想

神代に近い昔(いなばの白ウサギの時代、といったら想像しやすいでしょうか?)が舞台。

漱石の作品には珍しい時代小説です。

丁寧な描写で、読むと角髪(みずら)を結った古墳時代風の格好をした人々の姿が目に浮かびます。

恋人の女性の乗馬シーンも見事。

描写が細かいのに対してあらすじは巧みに省略しています。

例えば女が馬に乗って駆けつける前に、誰かが事情を知らせに行ったはずですが、そういう場面は一切ありません。

そんなことよりも遠い古代の情景、美しくも颯爽とした、乗馬シーンを見せるのがメインの小説だから余計なところは省いているのですね。

興味深い古代の風俗。

篝火の下の捕虜と敵の大将という緊迫したシーン。

美女の乗馬シーン(鞍も鐙もない裸馬を乗りこなしているというのですから運動神経ばつぐんの美女なのです)

そして日本昔話風のラスト。

傑作です。

第六夜 あらすじ 感想

あらすじ

運慶が護国寺の山門で仁王を彫っているという評判を聞いた主人公。

護国寺に散歩がてらに見学に行く。

運慶は平安時代末期、鎌倉時代初期の著名な仏師。

しかし、なぜか、集まって運慶が仁王を掘る様子を見ているのは現代人ばかり。(運慶は実際に運慶が生きた時代にふさわしい古風な衣装を着ている)

主人公はなぜ現代に運慶が生きているのだろう? と不思議に思いながらも一生懸命に彫刻をする運慶を観察する。

運慶が木を削ると、その下からたちまち仁王の顔が現れる。

それを見ていた見物客の一人は
「なに、あれは眉や花をノミをで作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋まっているのを、ノミと槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだからけっして間違うはずはない」
と言う。

それを聞いた主人公はそれなら誰でもできるのでは? と思う。

そう考え始めると今度は自分でも彫刻をやってみたい、と思うようになる。

見学をきりあげて家に帰ると、道具箱から飲みと槌を取り出して、薪木を材料に彫刻にチャレンジする。

しかしうまくいかない。

主人公の考える自分の彫刻がうまくいかない理由は

ついに明治の木にはとうてい仁王は埋まっていないものだと悟った。

というものだった。

感想

舞台は現代なのに、平安時代の運慶がいるという、時間軸を無視したところがいかにも夢らしい。

また主人公が影響されて自分でも彫刻にチャレンジしてみる、ていうところがなんとも素朴で面白い。

また彫刻の材料が、自分家の庭にあった薪という安易さもおかしい。

第七夜 あらすじ 感想

あらすじ

主人公は大きな船に乗って航海している。

しかしどこに行くともいつ陸にあがれるともわからない。

嫌になった主人公はついに船から飛び降りて自らの命を断つことを決心する。

しかし思い切って海の中に飛び込んだ、自分の足が甲板を離れて、船と縁が切れたその刹那に、急に命が惜しくなる。

心の底からこんなことをしなければよかった、どこにいくのだかわからない船でもやっぱり乗っている方がよかった、と思う。

しかし時すでに遅し、主人公は無限の後悔と恐怖を抱いて暗い波に落ちていく。

感想

全体的に不気味な雰囲気。

この行き先もいつ陸につくかもわからない、船とはなんなのでしょう?

私には「人生」あるいは「社会」の象徴に思われます。

主人公が船から飛び降りた瞬間、後悔をするのはどんなつまらない人生でも生きているだけでましということでしょうか?

またはどんな煩わしい人間関係でもまったくの孤独になってしまうより、その中にいるほうがまし、ということでしょうか?

またみずから命を断つ人が後戻りできない行為をした後の悔恨が非常に丁寧に書かれていて、まるで経験者が書いたかのようにリアルです。

第八夜 あらすじ 感想

あらすじ

床屋に行く主人公。

窓から往来の人を見ていると、知り合いの庄太郎が女を連れて道を行くのが見えた。

その後道を行く人の描写が続く。

頬が蜂にさされたようにふくらんでいる豆腐屋。

化粧をしていない芸者。

その後床屋が主人公の散髪を始める。

散髪の様子、往来の様子、などの主人公の身の回りで起こる描写が続く。

感想

うーん、第八話はなんとも散漫としてあらすじや感想が書きにくい章です。

主人公の周りで起こるできごとの描写を愉しめばいいのかもしれませんが。

あまり心には残りませんね。

ただ庄太郎と女は第十話で活躍しますので、この二人のことは覚えておいたほうがよいでしょう。

第九夜 あらすじ 感想

あらすじ

主人公は若い女性で三つになる子供がいる。

侍である夫はある夜、家から出ていき、戻ってこない。

若い妻は毎晩子供を連れて神社に夫の無事を祈りに行く。

お百度参りもして必死に祈っているが、もうすで彼女の夫は「浪士」に命を奪われ、この世にはいなかった、
という悲しい物語。

感想

主人公は幕末の志士の妻でしょうか?

「世の中が何となくざわつき始めた。今にも戦争(いくさ)が起こりそうに見える。」という言葉で始まるのですが、
これは幕末の世相をあらわしているような気がします。

少ない手がかりの言葉から(この小説だとラストに出てくる「浪士」という言葉から、時代背景を推察するのも面白いですね。)

第十夜 あらすじ 感想

あらすじ

庄太郎という、第八話にもでてきた、男性が主人公。

仕事をしている様子がなく、夕方になるとよく果物屋の店先で往来の女性の顔を眺めている。

また果物の見た目について「綺麗だ、とか色がいい」などとあれこれ言っていますが、果物を買ったことはいちども買ったことがない。

こんなおとぼけな感じの男性が、ある日不思議な経験をする。

いつものように果物屋の店先で道行く女性を眺めていると、一人の貴婦人風の女性に出会う。

その女性の美貌、や着物の色が気に入った庄太郎はわざわざ帽子をとって挨拶をする。

店先の果物を持って帰ろうとした女性が、重そうにしていると、「お宅まで持って参りましょう」
と女の荷物を彼女の家まで運ぼうと申し出る。

それきり庄太郎は行方不明になってしまい、しばらく帰ってこなかった。

親類や友達が騒いでいると、七日目の晩になってふらりと戻ってきた。

そこで庄太郎にどこに行っていたのか尋ねると、「電車に乗って山に行った」と答える。

庄太郎によれば女について、電車に乗り、降りると、すぐに広大な原っぱだったという。

庄太郎が女についてその原っぱを行くと、断崖の絶壁に出くわす。

女が庄太郎に
「ここから飛び込んでご覧なさい」
と言う。

庄太郎ができないと言うと、女が「もし思い切って飛び込まなければ、豚に舐められますが好うござんすか」
と言う。

庄太郎が躊躇していると、豚が現れる。

庄太郎がステッキで豚の鼻の頭をぶつと、豚は崖の下に落ちていく。

庄太郎がほっとしていると、また豚がやってくる。

庄太郎はまたステッキで豚をぶつと、豚は崖から落ちていく。

しかし今度は見渡す限りの野原の向こうから、幾万引きの豚が走ってくる。

庄太郎は恐ろしく思うが、しかたなく、ステッキで一匹ずつ豚の鼻の頭をぶち、豚を崖の下に落とす。

(別に豚を庄太郎のちからで崖から落としているわけではなく、庄太郎のステッキが豚の鼻の頭をかすれば、後は豚がかってに崖から落ちていくらしい)

庄太郎はそれを七日間頑張って続けたが、ついには力尽きて豚にぺろっと舐められてしまった!

感想

なんともシュールですね。

見知らぬ女についていったらこんな奇妙なひどい目に、、、都市伝説のようです。

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